2026.05.20
クロエ
初めてのリメイクにして自分以外の脚本作品、
エロティックなヒューマン・ドラマ「クロエ」を撮った
アトム・エゴヤン監督にその心境の変化を聞く!
| ●作品紹介
「クロエ」
夫(リーアム・ニーソン)から、女性として魅力を感じてもらえなくなったと感じていた妻(ジュリアン・ムーア)は、若く美しい娼婦クロエ(アマンダ・セイフライド)に出会い、夫を誘惑してくれるよう依頼。彼女から夫との逢瀬の話を聞くに従い、自分のエロスにも変化を感じるようになっていく。 |
「クロエ」はエロティックなファンタジー
―まず、本作のテーマは何でしょう?
アトム・エゴヤン(以下エゴヤン)「人間関係を描いた物語だよ。自分がうまく操っていると思っているが、他者の感情が関わってくると、決して本当には操れない。キャサリンは自分の人生をコントロールできると思っている。だがそれが崩れ始めるのがわかる。彼女は自分が夫にとってもはや魅力のない人間だと考える。夫が否定したとき、彼女は夫を誘惑する若い女性を雇い、自分に報告させようと思い立つ。だがその女性クロエが話す夫とのロマンチックな出会いの物語に、思いがけず彼女は深く心を奪われてしまう。キャサリンはどんどん深みにはまってしまうんだ。ふたりの女性の関係は、この上なく激しく複雑なものになり始め、予期せぬ結果を導き出してしまう。僕の映画は全部、人間が自分の人生を考え直していく過程を描いていると思う。この映画はその上に、自分の空想が自分をどうやって超えていくのかを検証する素晴らしいチャンスだった」
―珍しく、ご自分の脚本ではないですが?
エゴヤン「そうだね。プロデューサーのアイヴァン・ライトマンがアプローチしてきたときに、エリン・クレシダ・ウィルソンの脚本だということがわかった。僕は昔から彼女の大ファンだったんだ。脚本を読んですぐに、ワクワクする気持ちを抑えられなかった。これでやっと一緒に仕事ができると思ったからだし、以前から彼女ともそうしたいと話していた。僕が書くものとはとても違うセリフに取り組むのは面白いと思ったし、この俳優たちとの仕事も楽しかった。彼らは本当に素晴らしいし、僕がまったく予想しなかったやり方で役に命を吹き込んでくれた。それに尊敬しているアイヴァンからの依頼であることも光栄だった」
―あなたにとって優れた脚本とは?
エゴヤン「優れた脚本とは、可能性が詰まっていて、少しとらえどころがなくて、完全に明白ではなく、どこかに発見を残している脚本だ。挑みながら、ワクワクしながら探求し、可能性を読み取っていく。この物語で僕がワクワクしたのは、素晴らしい俳優たちを配役できたことと同じく、僕がよく知る街を舞台にできたことだ。トロントの街がこの物語で大きな役割を担っている。ほかの映画が探求しきれないこの街の特質を探求できたんだ。特に冬から春へと変化するこの時期にね。映像的にもとてもエキサイティングだった」
―舞台の季節を冬から春にしたのはなぜなのでしょう?
エゴヤン「冬の非常に寒い時期には、人々は暖をとって身を守らなくてはならない。そういう室内に入らなくてはいけない環境作りをしたかったんだ。主人公の家自体も渓谷に建っていて木々に囲まれていて、そういう野生的で非常に冷たい風景の中では、人々の感情や情熱はより強調されるのではないかと思ったので、冬にしたかったんだよ」
―本作は、エゴヤン監督初のリメイク作ですよね。’04年のアンヌ・フォンテーヌ監督のフランス映画「恍惚」(原題「Nathalie…」)をリメイクしようと考えたのはなぜですか。
エゴヤン「今回は、製作会社からリメイクする話をもらって、監督を務めたんだ。それに、リメイクと言っても本作は新しく脚色していると言える。『恍惚(Nathelie…)』は、非常にすばらしいアイデアがあったが、今回は、それをさらにもっと膨らませて極端なところまでもっていくという試みだった。オリジナルのアイデアというのはかなりクラシカルなもので、要するに自分の夫なり妻なりの愛を試すという、シェイクスピアやセルバンテスも描いているアイデアなんだ。『恍惚(Nathelie…)』の中でも、すばらしい俳優がアイデアを膨らませたと思うのだが、私の『クロエ』の中では、2人の女性の関係をエロティックに、ファンタジーの部分を膨らませている。ジュリアン・ムーアが演じた妻、キャサリンは、アマンダが演じた若い娼婦、クロエの中に失われた若いころの自分を見出しているし、クロエはキャサリンの中に自分が憧れる女性を見ている。だから、『恍惚(Nathelie…)』とは 最終的にはかなり違うものになっているし、特に後半の部分は全く違うものだね」
―主人公である妻役にジュリアン・ムーアを、クロエ役にアマンダ・セイフライドをキャスティングした理由を教えてください。
エゴヤン「ジュリアン・ムーアに関しては、僕は彼女を20年前から知っている。90年代初期に彼女の作品を見て圧倒されて、彼女に最初に会ったときにぜひ一緒に何かやろうとずっと話していたんだ。なので『クロエ』の脚本が来た時に、彼女と一緒に映画を作る最高のプロジェクトだと思ったし、実現できた。アマンダに関しては、まだ彼女が売れる前から始まる話だ。彼女がロサンゼルスでの本作のオーディションに来た時、入ってきた途端に「クロエだ」と思ったぐらい印象的で、非常にパワーのある印象的な女性だった。しかしスケジュールの都合で、僕は違う映画を撮らなければならなかったんだ。その間に彼女は売れて有名になってしまった。でも彼女はまだやりたいと言ってくれたんだ。僕の中では彼女たちは一番の候補だった。とにかくこの作品では女優2人にパワーが必要で、非常に微妙なニュアンスの表現が難しい作品だけに器用で優れた人でないとダメだったんだ。今回は最高の女優が演じてくれたと思っているよ」
―セイフライドにクロエ役のことをどんなふうに説明しましたか?
エゴヤン「まず、このインターネット時代にクロエのような人間が本当に存在するのか、確認する必要があった。そしてそのリサーチ結果をアマンダに伝えた。キャサリンの心をつかむクロエの人生がどんなものか。彼女はキャサリンに何かを投影するが、キャサリンはそれに気づかない。クロエには弱さと欠けている部分があるが、それがはっきり観客に見えなくてはならない。もちろん、アマンダはそれを表現できる。彼女には信じられないくらいオープンで傷つきやすいところがあるからね。だが同時に強さもある。クロエのリアルな演技でそれがわかるはずだ」
―ですが、セイフライドは売り出し中の若手女優です。彼女は「降板も考えた」と発言していますが、ヌード・シーンについて説得が必要だったのでは?
エゴヤン「ヌード・シーンはやはり、女優に監督や撮影方法に対する信頼があるかどうかに尽きると思う。女優がどうこう言うというよりも、マネージャーやハンドリングしている周りの人たちの方がより心配するのだが、やはりどういうふうに撮るかの信頼を得られれば非常にうまくいくんだ。ドラマの中で必要だと言うこともあるし、こういう役だから全く裸にならないとは限らない。それにジュリアンが大胆に勇気をもってヌード・シーンに挑んだので、それがアマンダにも影響を与えたのだと思うね。また私のこれまでの作品群を見ていただければ、私がシリアスな映画を撮る監督で変なことはしないとわかってもらえるし。以前『エキゾチカ』ではミア・カーシュナーが若いストリッパー役で、裸体も当然出てくるわけだったんだが、役が必要とするものを彼女たちにはすごくよくわかってもらえたと思う。もちろん”品良く撮る”ということも彼らはわかってくれたね」
―ジャンル映画として、この映画は官能の世界からドラマの世界へと移行していきますね?
エゴヤン「エロティシズムをありふれたものにしないためには、ドラマ性とキャラクターの心理に根差すことだ。才能ある俳優たちと仕事をするときには、性的なシーンを心理的なシーンの中に置くことが不可欠になる。そういった俳優たちはドラマを求めているからね」
―クロエがキャサリンとデヴィッドの関係にピッタリはまるのはどうしてでしょう? 愛人だから、あるいは創られた存在だからでしょうか?
エゴヤン「身代わりというアイデアに僕は惹かれた。プレッシャーや、抑圧や、恐怖心が自分で探求することを妨げているために、肉体的に不可能だと感じていることを満たせる人間が身代わりだ。どんなドラマでも構わないが、キャサリンは自分自身のドラマの作り手となる。そしてその役を演じる若い女性を雇い、それが実現することによって興奮を覚える。彼女は自分の理性的な生活の中ではできないことをその女性に探求させる。そして彼女は自分がもはや魅了できないと思っている男性との官能的なつながりをもち、再び活気づく。自分が消え始めていると感じたり、もはや魅力の対象ではないと感じたとき、多くの人々が危機的状況を乗り越えようとする。それが今のキャサリンなんだ。キャサリンは身代わりを作り出すことでそれを覆そうとするが、驚いたことに、そこには彼女が自分の力をもってしても操れないものが存在していることに気づいていく」
―年齢を重ねてしまうと、若い子と比べて自分に自信を失う女性心理について、監督自身はどう考えていますか?
エゴヤン「本作では、更年期に差し掛かる女性の心理というものはあまり探究されていないし、詳しく描かれていないような気がするよ。歳を重ねてきたせいで、官能的な自分でない自分になってしまい、夫にとってエロティックな存在ではなくなってしまうという時期に差し掛かっている彼女は、だから娼婦を雇って夫を試す訳なのだが、娼婦のクロエが話す夫とのストーリーを聞けば聞くほどのめり込んでいく。自分が歳を取った罰として。マゾ的な要素も含まれているのではないかと思うね。自分がかつて彼女のようだったというその妄想、創造力をかき立てている。それが非常に奇妙な緊迫感を生み出している。ここがこの映画の核になるのではないかと思うね」
―クロエもキャサリンにこれまで感じたことのないものを感じていますね。
エゴヤン「ふたりが愛し合っていると片方の人間が思っているとき、ある意味ふたりは通じ合っているが、あとはまったく予測できない。キャサリンはクロエが通常なら関わることなどない相手だが、キャサリンとの関係を続ける唯一の方法は、彼女が性的な物語を語るときに作り話をすることだと気づく。そしてそれが強烈になっていけばいくほど、キャサリンにも影響を及ぼす。キャサリンが信じ込んでしまうほどの妄想に、観客はショックを受けるだけでなく、その作り話を続けるクロエの必死さが痛いほどわかって圧倒されるだろう。とても感動的だが、それはクロエがキャサリンと一緒にいたいという現実の気持ちだからなんだ」
―今後の監督作の予定がありましたら、どんなテーマの作品か教えてください。
エゴヤン「今、脚本を2本書いていて、それと同時に演劇やオペラも監督していて、モーツアルトの「コシ・ファン・トゥッテ」を演出しているんだ。これは本当に偶然のように『クロエ』と同じようなテーマで、この作品もお互いの相手になりすまして忠誠心を試すことがテーマなんだ」










