2025.09.20
猿の惑星:創世記(ジェネシス)
ルパート・ワイアット監督インタビュー
人間と猿の立場が逆転した世界という独創的な設定と、革新的な特殊メイク、衝撃の結末でSF映画の金字塔となった「猿の惑星」から43年。なぜ人類の文明が崩壊し、猿が支配者となったのか? その起源に迫る「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」が10月7日(金)公開。シーザーという一匹のチンパンジーが突然変異的な進化を遂げていくさまを描いた本作では、そのシーザーをはじめ、登場する猿はすべてCGで表現されている。長編監督2作目にして偉大なるSF映画シリーズに挑み、WETAと組んでシリーズ初のデジタル・エイプを創造した新鋭ルパート・ワイアット監督が製作の裏側を語った。
| ■作品紹介
「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」
10月7日(金)公開 20世紀フォックス配給サンフランシスコの製薬会社に勤める神経科学者ウィル(ジェイムズ・フランコ)は、開発中のアルツハイマー病の新薬を投与していた母猿から生まれた子猿を自宅に連れ帰り、シーザーと名付けて育てることにする。3年後、すくすくと成長したシーザーは、新薬の効果を母猿から受け継ぎ、類いまれな”知性”を発揮し始めていく。そんな折、ウィルの父チャールズ(ジョン・リスゴー)が、隣人とトラブルを引き起こす。その様子を屋根裏部屋から目撃したシーザーは、チャ-ルズを助けようとしてその隣人を傷つけてしまい、霊長類保護施設に入れられる。施設でシーザーを待ち受けていたのは飼育係の陰湿な虐待だった。人間の愚かさに失望したシーザーはようやく施設に迎えにきたウィルを拒絶し、ある決意のもとに動き出す。 |
―「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」は従来のシリーズとは一線を画すものですね?
ルパート・ワイアット監督(以下ワイアット)「確かにそうだね。僕らは何か別のものをやってみようとした。これまでの『猿の惑星』シリーズにはない現代を舞台にした物語で、現実に根ざしているところもある」
―今作では着ぐるみや特殊メイクでなく、パフォーマンス・キャプチャーで表現された猿が豊かな感情表現を見せていますね。パフォーマンス・キャプチャーの技術は近年、飛躍的に発達したように思えます
ワイアット「そのとおりだよ。この映画は自分が今までに手掛けてきたものとはまったく別物という感覚で新たに取り組んだんだ。学ぶべきことは膨大にあったよ。本当に大変だとわかったことは、人間の姿を写真のようにリアルな類人猿に画像化するあらゆる段階で2回ないしは3回パフォーマンス・キャプチャーの作業を行って映画を作っていかなければならないということだった。作業量は膨大だし、時間もかかる。映像をカットして、それからビジュアルを固めていくというような伝統的な映画とは違い、常に偏差があるから、成形して微妙にずらしていかなければならない。パフォーマンス・キャプチャーでなければ実現できないことはあるし、アクションや表情などいろんなことに手を加えることができるけど、人間のパフォーマンスからあまりにも逸脱してしまうことは決して賢明なことではないと思う。実際の情感のこもったパフォーマンスを使って作業をしているからこそすごく独創的なものになるんだ。僕らが今回達成したことは、目を見張るようなことだ。写真のようにリアルな自然を表現することでさえ、これまでには達成できなかったことだ。最初に作業を始めたとき、WETAのジョー・レッテリが言っていたことだが、この映画で技術的に駆使されたことは『キング・コング』(’05)のはるか先を行くものだ。僕が聞いていたのは、CGIでうまく表現するのが大変なのは、水と体毛ということだった。当然のことながら、僕らは膨大な量の体毛を必要としていた。何がリアルで、何がそうでないかという点で、実際に観客の目を圧倒するようなものをやり遂げたと確信しているよ」
―チンパンジーは異世界のクリーチャーではなく、私たちにとっては身近な動物です。これをふまえても観客に驚くべき体験を提供することができると思いますか?
ワイアット「もちろんだよ。これは演技する役者と実際のエフェクト担当者とのまさに融合なんだ。もちろんそんなに簡単なものではなかったね。このプロジェクトに携わり始めたとき、僕は世間知らずにもこれがソーセージ工場か何かであるような印象を持っていた。撮影現場で創りだすものをなんでもコンピュータにぶっこんでおけば、歩けてしゃべることができる完璧な類人猿が飛び出してくるんだとね。今回の場合、あるいはパフォーマンス・キャプチャーを使うどんな場合でも、たどるべき道のりははるかに遠い。というのは、俳優がなすべきパフォーマンスを作るのではなく、ある程度の機微やニュアンスを取り出すには、アニメーターに頼る必要があるからだ。アンディ (・サーキス)がほんの少し微かに頭を動かしたとして、その意図することを認識し、理解するのはアニメーター次第だ。そうなるように促し、それぞれのショットを監視するというのは当然のことながら僕の仕事だ。だが、油断するとすぐに見逃してしまう。今回僕らが幸運だったのは、自分たちにできうる最良のショットを作るという有益な時間を取れたことだと思う」
―アンディ・サーキスとの仕事はどんな感じでしたか? 彼はパフォーマンス・キャプチャーでシーザーのキャラクターに魂を吹き込んだわけですが
ワイアット「それは実に淀みないものだったね。この映画が始まるまで僕はアンディと一緒に仕事をしたことがなかった。彼は会ってみたいと思うとても好感の持てる人物のひとりであるということに加えて、自分の周りにいる誰をも上達させる能力を持つ俳優のひとりでもある。よく働くし、すごい食欲の持ち主で、もっと働くために他の人の分まで取って食べるほどなんだ(笑)。とても早い段階で、彼がやるべきパフォーマンス(演技)がかつて誰もやった事がないようなものではないという事を、彼はただやって見せるだけで僕にわかるように説明してくれた。彼の役割は「シーザーを演じる事」であり、人間役でグレイのスーツを着ていたとしても、今回のように人工装具のついたチンパンジーの服装一式でドレスアップしていても、同じことなんだ。一週間もしないうちに、僕らは彼がどんなふうに見えるかということをすっかり忘れてしまって、実際に類人猿を見ても、彼が演じているように見えてしまったほどだよ。彼は演技に対して本物の情熱を持っていて、今はイマジナリウムという自分のスタジオまで作ってしまった。俳優に何ができるかということを探求することに関心を寄せている。アンディはパフォーマンス・キャプチャーだけでなく演技のあらゆる局面において成功する役者であることは間違いない。事実そうなっているしね。」
―この映画には通常のブロックバスター映画とは違う面白さや魅力があると思いますか?
ワイアット「確かに『トランスフォーマー』とは違うからこそ面白いと思うよ(笑)。つまり、これはアクションだけの映画ではないという意味でね。この映画は確かに超大作映画である事は間違いないが、きわめて繊細で深遠な本質にかかわる作品ということも大きな部分を占めている。まさにキャラクターの映画だ。だがキャラクター映画として異例なのは、本物の類人猿ではなくパフォーマンス・キャプチャーを使ったから、あらゆるショットが特殊効果による撮影で、しかも途方もなく大きな映画だということだ。極めて小さなことから始まって、次第にだんだん大きく成長していく。人間と類人猿との大きな闘争を扱うさらに進んだ映画になることを希望して基礎作りをしている。そして、これは創世記の物語なんだ」
―劇中ではキャラクターの葛藤が繊細に描かれていますね
ワイアット「この物語の要は父と息子の関係にある。ジェイムズ・フランコ演じる科学者ウィルとジョン・リスゴー演じるアルツハイマー病に冒された父との関係、ウィルと彼がわが子のように育てるチンバンジーのシーザーの関係双方にこれを見て取れる。興味深いところがあるよね。というのは、この作品では父親を救おうというウィルの執着が描かれており、それが最終的には、潜在的に彼自身の息子の裏切りへとつながっていく。このような大作映画にはあまりない語り口だ。いろんな出来事やそれをとりまく状況から生まれたものではなく、キャラクターの物語だからだ。人間の愚かさ、思いやりと身勝手さを描いた物語だ。これほどすばらしい性格俳優とともにそういうテーマを掘り下げることができたのは素晴らしいことだった」
―「猿の惑星」はSF映画の金字塔ともいうべき偉大なシリーズです。責任の重さを感じておられますか?
ワイアット「確かにそうだね。折に触れ、さまざまなところで実感するよ。今回の新作のいい点は、神話的な要素とこれまでの作品を踏襲しながらも現実の世界を扱っていることだと思う。オリジナルと関連する要素もあるから、物語的には革命の始まりという立ち位置になるけれど、これまでのシリーズとの大きな違いは、僕らがこの物語を未来的な環境ではなく、現実の世界に置いてみようとしたことだった。僕らはペストやそんなようなものでバタバタと死んでいくというような神話的なアイデアを扱っているのではない。そういうことを排除し、ここに今あるものでいくことにした。動物の生体実験と科学の進歩、そして要、不要にかかわらず人間の病気の治療法を見つけるために動物を使うという事象を扱っている。パンドラの箱を開ける可能性についての物語なんだ。観客がこの映画に興味を持ってくれればと願っているよ」
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●プロフィール
ルパート・ワイアット監督 |










