
映画「ボクは坊さん。」。突然の祖父の死をきっかけに書店員の仕事を辞め、実家の寺を継いで24歳で住職になった光円。足を踏み入れた坊さんワールドは奥深いものだった。雑務に追われつつも、檀家の人との関係に悩み人の生き死にに立ち会い、試行錯誤を繰り返しながら彼は成長していく。
本作の原作は、実際に24歳で愛媛県の四国八十八か所霊場の第57番札所、栄福寺の住職になった白川密成さんが、日々の生活を「ほぼ日刊イトイ新聞」で連載したエッセイの書籍化(『ボクは坊さん。』ミシマ社刊)。白川さんに実際のお坊さん生活のあれこれを聞いてみた!

![]()
「ボクは坊さん。」
3月16日(水)DVD&ブルーレイ発売、DVDレンタル
DVD●3800円
ブルーレイ●4700円
発売・販売元/ポニーキャニオン
監督/真壁幸紀
原作/白川密成
出演/伊藤淳史 山本美月 溝端淳平 イッセー尾形
実家の寺の住職だった祖父が死に、高野山大学で修行をした光円が住職を継ぐことに。地元の友達に助けられながら、檀家の総代にアドバイスされながら、お通夜や葬式、結婚式を取り仕切るようになる。
――はじめまして。今日は法衣をお召しなんですね。
白川密成(以下、白川)「普段は作務衣を着たり出かけるときは私服のことも多いです」
――(劇中のように)野球の時はユニフォームを着ますし?
白川「はい。ただやっぱり法衣を着ると身が引き締まるところがあります。僧侶のユニフォームのような感覚も個人的にはあるんですよね、場の雰囲気もそうなりますし」
――私たちの見る目も『あ、お坊さんだ』ってなりますしね。
白川「日本人は今はもう子供の頃から洋服しか着ていなくて私自身もそうでしたから、長く着ていると疲れるというのも事実です。そろそろ慣れないといけないんですけどね」
――お坊さんという職業に転職されてから何年ですか?
白川「24歳の時ですから14年です」
――その頃からですか、「ほぼ日刊イトイ新聞」で連載エッセイを書かれたのは?
白川「本当に、住職になって1カ月もしないうちから連載を開始していたので、振り返ってみるとえらくスピード感があったんだなと感じます」

――そもそもどうしてエッセイをあの媒体で書こうと思われたんですか?
白川「僕ら世代くらいがインターネット元年なんですよね。大学生の頃高野山にいても、ダイヤル接続して村上春樹さんのウェブサイトとか『ほぼ日』を見てました。最初は糸井さんのエッセイが毎日読めるからっていうので読み始めて、ふつうに連載とかを楽しんでたんですけど、24歳で住職になって周りに相談する人があまりいなくなってみると、今まで以上に自分の大事な存在になったんですね、『ほぼ日』自体が。(執筆者が)みなさん職業は違えどそれぞれの立場で、自分なりの声を上げようとしてるってことに助けられる、支えられるような感じがしたんです、糸井さん含めて。で、読者として糸井さんに『有難うございます』っていうメールを書き始めたんです、『勇気づけられました』って。それを書いているうちに、自分の“坊さん生活”を連載したら面白いんじゃないかと思うようになってきて。それで『こんなものを書きたいんですけど』って。そしたら糸井さんからすぐ返事が返ってきて、『面白そうだから、3回分くらい見せてくれる?』と。それで、お寺の世界はRPGみたいだということや初めて行ったお葬式のことなんかを書いたら、『行きましょう』ってことで即始まったんです」
――そうなんですか。
白川「担当編集者も付けて下って。『読みたいから読ませて』と糸井さんがおっしゃてくださったので100回目くらいまでは原稿を送ってたんですが、すぐ感想を下さって。それが午前3時とか4時なんですよね。本気で物事をやるにはそのくらいじゃないとダメなのかな、スゴイなと思いました。よくわかんない若いお坊さんの声まで聴いてやらせてみようって思うという、そのスタンスってカッコイイなと思いましたね」
――なるほど。最初は読者として読んでいたけど、やっぱり書いてみたいという気持ちがおありで。
白川「そうですね。お坊さんになった時、見るものが全て自分にとってはすごく新鮮だったんです。友達なんかに話すと結構ウケるし(笑)、面白いんじゃないかなっていう気がしたんですね。僕の話だけではなく人の死などシリアスな話だったとしても今まで経験したことのないような気持ちを経験しました。例えば葬儀の場面で、僕が何か言葉を言ったことでそこがすごく暖かい場所になったというのが、悲しいと同時にすごく嬉しくて、『あ、今この瞬間って僕しか見てないのか。出来たらこの空気感みたいなものを誰かに話したい』って思ったんですよね。それが書くことにつながったんです」
――それを読者も楽しく読んでいたからこそ、7年間も連載が続いたんですね。
白川「そうだといいですね。仏前結婚式の話を書いたときなどは300通くらいメールが来て、こういう結婚式があるんだったら自分もやりたかったとかやってみたいとか、仏教周辺の物事が〝待たれてる〟感がわりとあった。インターネットですからダイレクトに感想が来るので、少なくとも『(仏教を)嫌いじゃないんだな』みたいな。(一般の方には)すごく距離を持たれてるイメージがあったので、ちょっと垣根を下げて、例えばインターネットとか『ほぼ日』とかある種の〝キーワード〟や〝ひっかかり〟さえあれば距離が近づくんだなと」
――エッセイが映画化されたものをご覧になって、感想はいかがでしたか?
白川「一番最初の感想は『早いな』」
――「早いな」?
白川「というのは、文章では言葉にならない部分を言葉を尽くして書こうとしているんです、人の死に関することやさまざまなことを。それが映画の場合は例えば山のカットひとつで、お寺の風景のカットひとつで、死者に水を付ける瞬間ひとつで、日本人だったらすっと伝わるところがあるんですよね。だから『ああ映像って早い』って。ダイレクトだなと思いました。しかも僕が実際に住んでる栄福寺とか今治市玉川町っていう山間の農村で実際に撮ってるので、風景に嘘がないんです。自分が実際に観たものに対してリアルなんですよ。僕は原作という立場を超えて撮影前の御祈祷をしましたし現場にも相当行って監修しました。現場にいてもそのへんの空気感ていうのがもろに伝わってる。お通夜のシーンでも、村の人たちが参加してくれてるので『このへんのお通夜ってホントこんな感じですよね』っていうぐらい」
――ロケも白川さんのお寺でやってるんですね。主人公が悩んだ時に行く高台のあの場所も、近所に実際にある場所なんですか?
白川「裏山です。まさに栄福寺のある山の上ですね。お寺に来た人はあそこに登りたがる人がほとんどなんですけど、やっぱり印象的なシーンなんですか?」
――そうだと思います。自分も迷った時にあそこに行って下を見てると、何かが浮かぶんじゃないかと期待してしまいますね。
白川「なるほど。本作のポスタービジュアルにもなった場所なんですけど、あそこで海を見ながら空海が護摩をたいたっていうのがウチの寺の始まりなんですよ。まさにそういう場所にみんな感銘を受けるんだなあと思いますね」

――ものすごく古いお寺がご実家でいらして。そもそもおじい様がご住職でいらして、亡くなって継がれた。
白川「そうなんですよ。僕は次男なんですけど小学生くらいからお坊さんになりたいって思ってたので、なんか面白そうだなあと高野山に行きますって手を挙げました(笑)。小学生の時に自分が死によっていなくなること自体が不思議だなあと思ったことがあって、その時(坊さんは)そういうテーマも含んだ範疇の役割なんだろうなっていう予感があった。現実にお坊さんという役割をしてみて、雑務とかもあるんだけどやっぱり生死まで射程に入れた圧倒的にレンジの広い仕事だなと、今に至るまで思いますね」
――本作には、若い僧侶はやっぱり煩悩もあるしお酒も飲むし恋愛もするしというのが出て来ますが、檀家さんたちの結婚や生き死にに立ち会う厳粛な職業だからあんまりチャラけたこともできないし、自分をコントロールすることも必要になりますよね。
白川「そうですね、いま言われて気付いたんですけど(爆笑)。それは冗談ですが、確かに、同世代の坊さんと話してると尊敬されないといけないというプレッシャーが強いんですよ。でも僕は、そういうことよりも気になったのは〝距離がある〟こと。お坊さんってあらゆる意味で一般の方との間に距離がある気がしたんですよね。もちろんその〝距離〟を求めている方もいる。でも僕の場合はそこを一度部分的にフラットにして、〝実はお坊さんもこういうことで悩んでます〟とか〝嬉しがってます〟ってことが伝わった方が、お互いの関係性がイキイキするっていう予感があった。〝なんとなく有難いの?〟じゃなくフラットにしてみようと。もちろん修行者として修行しなくちゃいけないんだけれど、じゃ恋愛しないのかって言ったら一応しますし(笑)、そこはもう表に出しちゃったほうがいいのかなって。わかってもらった方がいいんじゃないのかなって思いがありましたね」
――心頭滅却しちゃってるんだったらいいけれど、そうじゃないんだったら正直にして垣根を下げると。
白川「悩んでいないんだったらいいですが、実際悩んでるししんどい時もあるんだから、本当のことって人は案外敏感に見分けられるんじゃないか、悩んでないふりをしたところでわかるんじゃないかなと。だから率直なところをお伝えしたほうが僕らの仕事は回り始めるのかなという気がしたんです。その上で仏教を真っ正面から語りました」
――お坊さんになってから一番つらいこと、一番うれしいことって何ですか?
白川「それは問われたことなかったなあ。フィジカルな意味では意外に正座が苦手なんです」
――(爆笑)そっちですか。
白川「足がもう…。修行するときは6時間くらい正座をするので足が痛かった。これさえなければ修行は結構好きなのに(笑)。あと、これが休みっていうのがないのが最初は辛かったですね。どこか行こうとか誰かに会おうとか思っててもお葬式が入ったり、それは日々重ねると当たり前になってくるんですけど。嬉しかったのはやっぱり、それが悲しい場所であったとしても人の役に立てる、明らかに人が喜んでいる、有難うって思っているのがわかることですね。初めて死者の供養のためにお経を唱えた時にその場の雰囲気がすっと変わって、自分がこの場に必要なことをしているというすごく確かな感触があったんです。誰かに求められてるというか誰かの役に立っているというのがありありと伝わって嬉しいですね」
――普通の仕事と違うのは、それが誰かの人生ですごく大事な瞬間だってことですよね。
白川「そう。昨日もお通夜に行って来たんですけど孫たちが千葉から愛媛に帰って来てて。彼らにとっても人生の大事な1ページなんですよ。だからそこで何を言うかというのはすごく大事なことなんじゃないかと。それだけにプレッシャーもスゴイし不用意なことは絶対言えないし難しいことではあるけれど、だからこそ受ける感激も大きいんですね」

――本作では、主役の伊藤淳史さんに般若心経とかを口伝えで教えて下さったとか。
白川「彼はすごく感情を込めてお唱えして下さるんですけど、私が学んだのは一歩引いて淡々と唱えるのがいいお経とされているんです。でも淡々と唱えるってすごく難しいらしい。あんまり感情を入れない、演歌風にならない(笑)、淡々と唱えるお経が演技と真反対らしくて。演技はいかに感情の起伏を伝えるかが大事だからそれがすごく難しかったとおっしゃってました、最初からダメ出しされたって。そんなにしてないと思ったんですけどメイキングを見ると確かに『若干わざとらしいね』とか普通に言ってて(笑)。でも僕にとって大事というより、観客にとっても伊藤さんにとっても作品にとっても〝残ってしまうこと〟なので、出来ることはやろうと。まあお経の完成度が上がったから作品の完成度も上がるってことはないのかもしれないけど(笑)」
――お気に入りのシーンはどこですか?
白川「自分が住んでるあたりを葬列が歩いているシーン。ああ結構気持ちいいところに住んでるんだなって。風景としても『日本昔話ですかー?』っていう。自分が普段やってることなんですが、葬列、何かいいな。しかも人を送っているというのがいいなって。あのシーンは15年前の話で僕が(実家に)帰った頃はああいう風景ばかりでした。ただこの5年くらいでガラッと変わって葬儀場が増えて、葬列はほとんどなくなってきました。だけどかつてそういうものがあったというのがあのシーンで伝わるじゃないですか、それを映画としてパッケージとして残せたっていうのは意味があることなんじゃないかな」
――メイキングもDVD特典に入っているとのことで楽しみです。
白川「僕自身も面白かったです。僕の般若心経も収録します、NGにならなければ(笑)。お経を唱えている音声と栄福寺の写真です」
――有難いですね。
白川「今はお坊さんの読経を収録したCDの付いている本とかが30万部とか40万部とか売れてると書店で聞きました。自律神経が整うって書いてあってホントかなあって若干思うけど(爆笑)。でもちょっとホッとしたいっていう欲求があるのかもしれないですね」
――ヒーリング効果というかリラックス効果というか、ありそうですよね。
白川「ええ。こういうのって邪道だと言われやすいんですが、たぶん平安時代とかは貴族の女性が『あそこのお坊さんって声いいよね~』とかの理由で呼んでたこともあると思うんですよね。だから結構正統派なんじゃないかな(笑)」
■プロフィール
白川密成(しらかわ・みっせい)
1977年生まれ、愛媛県出身。栄福寺住職。高野山大学卒業後、書店員を経て現職に就任。僧侶の日常を綴った「ボクは坊さん。」のほか「空海さんに聞いてみよう。」(徳間書店)などの著書がある。
(c)2015 映画「ボクは坊さん。」製作委員会















