チェコ伝統のパペット操演を用いた「クーキー」は、キュートで脱力系な見た目ながら、笑いあり、涙あり、バリバリのカーチェイスありの極上エンタメ作。監督を務めたヤン・スヴェラークに、苦労の連続だったという撮影の裏話から、自身の意外なルーツまで語ってもらった。
「クーキー」
8月22日(土)公開
配給/アンプラグド
監督・製作・脚本/ヤン・スヴェラーク
出演・声の出演/オンジェイ・スヴェラーク ズデニェク・スヴェラーク
古いピンクのテディベア、クーキーは、ぜんそくを患う6歳の少年オンドラのお気に入りのおもちゃ。だがある日、汚いクーキーのせいでオンドラのぜんそくが悪化することを心配した母親が、クーキーを捨ててしまう。ゴミ捨て場から逃げ出したクーキーは、森を抜け、オンドラのもとへと帰ろうとするが…。
カーチェイスは「インディ・ジョーンズ」の影響が出ていると思う
――これまで実写映画を作ってきたあなたが、パベットで映画を撮ろうと思った理由は何だったのでしょう?
ヤン・スヴェラーク(以下スヴェラーク)「理由はふたつある。ひとつは、実写を撮り続けてきたが、一度、俳優を使わない映画を撮ってみたいと思ったこと。チェコの俳優は、実は扱いづらいんだ。スケジュール的に忙しかったり、セリフを覚えてこなかったり、二日酔いで現場に来たり(笑)。そこで今度は俳優を使わない映画を作ってみようと思ったんだ。もうひとつは普段、長編映画ではなかなか見ることができないものにしたいと思ったこと。そう考えたとき、自然界の、とても小さなものに焦点を当てるアイデアが面白いと思えたんだ」
――チェコには元々パペット・アニメーションの伝統がありますが、それを利用したのですか?
スヴェラーク「そういうわけではない。確かにチェコではパペット操作やパペット・アニメの専門家がいるし、現在もその技術は継がれている。ただ今回の作品にかぎっては、過去の技術は一度すべて忘れる必要があった。伝統的なものではなく、新しいアプローチを自分たちで見つけなければならなかったんだ。映画を見ると、コンピュータを使っていないように見えるかもしれないけれど、実はほとんどのショットでコンピュータが使われているんだ。場面によっては何度も合成作業を行った箇所もあるんだよ」
――パペットを森の中で操って撮影を行うのが大変であることは想像できますが、どんな点が難関でしたか?
スヴェラーク「森の中の撮影は、まさに悪夢だよ。つねに光が変化する。小さなセットで撮っているので、わずか10~15分の差で光が変わり、まったく違う風景になってしまう。元々は9人ほどの少数の撮影隊で撮り始めたが、照明や発電のチームが必要であることがわかり、最終的には60人のスタッフを動員した。セットそのものは手のひらに乗る程度の大きさだけれどね」
――愛らしいクーキーのデザインについて、こだわったことがあれば教えてください。
スヴェラーク「クーキーのデザインは、CGのデザイナーに頼んで共同で作り上げた。肝心だったのは、顔を大きくすること。子供に人気のある人形は頭の大きなものが多いからね。それと目も大きくしたかった。目は心の窓というけれど、ただでさえ人形には表情がないから、目の大きさで感情が表われないといけないと考えたんだ」

――温かい作品ではありますが、一方で「マッドマックス」ばりのカーアクションもあります。この描写について教えて下さい。
スヴェラーク「カーアクションはぜひともやりたいシーンだった。人形の動きを出すために車に乗せたが理由のひとつだ。人形を歩かせるのは手間がかかるが、車で走らせると動きが出るうえにパペットの生命感も表われる。あのスケールではカメラマンが立って、下にカメラを向けただけでヘリコプター・ショットのように見える。そういうトリックを使いつつ、あのシーンを作り上げた。自分の好きな『インディ・ジョーンズ』シリーズの影響も出ていると思う」
――息子さんのオンジェイ・スヴェラークを主演に起用しているのは、何か意味があるのでしょうか?
スヴェラーク「子供の存在や子育ての経験は僕にとって大きな贈り物だ。今回の映画もそうだけれど、自分の子供時代を思い起こさせてくれる。自分が忘れてしまった子供時代に、再びたどり着くのは難しいことだが、今回の映画を撮ることで、私は息子を利用して、自分の子供時代に戻って行くことができた。そのせいかもしれないけれど、この映画を作っている間は、大人のような考え方を忘れてしまおうと思ったよ。理論的に物事を見るのではなく、見たものをそのまま受け止める。そんな感性が、自分自身にも甦ってきたように思う」
今も昔も、「ブレードランナー」はナンバーワンだね

――先ほど、「インディ・ジョーンズ」の話も出ましたが、監督の作品はヨーロッパ映画の中でも、とりわけハリウッド映画に強く影響を受けているような気がしますが、それについてどうお考えですか?
スヴェラーク「アメリカ映画の映像言語は自分も気に入っている。わかりやすいし、イメージだけで物語を語っている。映像で文章を作り上げていくような、洗練された表現術だね。人種の多い国だから、映像が理解されることは重要な要素なんじゃないかな。僕自身も若い頃はスピルバーグや、イタリア人だけれどアメリカで何作も作っているセルジオ・レオーネは大好きだった。リドリー・スコットも大のお気に入りだ。共産主義時代のチェコではこの辺の映画を映画館で観られなかったから、海賊版のVHSで繰り返し観ていたよ。一時停止しては、“このカットの間にクローズアップが入っているのはなぜだろう?”とか考えたりしてたんだ」
――お好きなハリウッド映画はなんですか?
スヴェラーク「『ブレードランナー』はナンバーワンだね、今も昔も。『エイリアン』の一作目も大好きだ。スピルバーグ作品では『E.T.』も観客の感情を誘導するという点で、とても興味深い作品だね。なぜスピルバーグの映画が多くの観客に支持されているのかを考えると、モラル的な責任をきちんと観客に示していることだと思う。これは興味深いよ。デヴィッド・フィンチャーの作品とは対極にあると思う。あとは『オール・ザット・ジャズ』も好きだな。無人島に行くなら持っていかないと(笑)」
――ハリウッドからのオファーも多くあったと聞いていますが、なぜ実現しなかったのでしょう?
スヴェラーク「単に、自分が打ち込めるものがなかった、というだけのことだよ。フィルムメーカーなら、自分の映画には自分の個人的な思いが投影されるべきだと考える。ハリウッド作品には、そういう脚本に巡り合えなかった。ただの雇われ監督としてハリウッドに招かれても嬉しくないし、きっとやり遂げられなかったと思う」
●プロフィール
ヤン・スヴェラーク
1965年、チェコスロバキア生まれ。デビュー作「Obecná skola」(’91)がアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされる。’97年「コーリャ、愛のプラハ」でアカデミー賞外国語映画賞、東京国際映画祭グランプリを受賞。その他の監督作に「アキュムレーター1」(’94)、「ダーク・ブルー」(’01)がある。
取材・文/相馬学
(c)2010(c)Biograf Jan Svêrák, Phoenix Film investments, Ceská televize a RWE.













