「皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇」シャウル・シュワルツ監督
2015年4月14日

4月11日からイメージフォーラムなどで公開中のドキュメンタリー映画「皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇」。戦場カメラマン出身のイスラエル人監督が見つめた、麻薬カルテルに支配された街とそこに暮らす人々、カルテルに憧れる人々と麻薬カルチャー。日本で公開が決まり、来日したシャウル・シュワルツ監督に聞いた。

「皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇」

公開中
監督・撮影/シャウル・シュワルツ
ダゲレオ出版配給

2000年代後半から現在までで12万人の犠牲者を出しているメキシコの麻薬戦争。麻薬カルテル同士の抗争に警察と軍と一般人までを巻き込み、毎日死者が出ているシウダー・フアレスの警察官。そしてボスたちを英雄として歌うナルコ・コリードという音楽で人気者になった歌手の2人を通して、暴力に満ちた世界を追う。

麻薬戦争がカルチャーに影響している

――本作を拝見して大変な衝撃を受けました。こんな世界があることを今まで知らなかった自分が情けないと思うくらいでした。

シャウル・シュワルツ(以下シュワルツ)「大丈夫です。誰も知りませんから」

――そもそも監督は戦場フォトグラファーとして、イスラエルやヨルダン川西岸、ハイチ、ケニア暴動等を報じて来られたわけですが、そのあなたが本作を撮ろうと思った、しかも映画を撮ろうと思ったのはどうしてでしょうか?

シュワルツ「2008年にメキシコに行き、報道カメラマンとして写真を撮るところから始まったんです。僕はそれまで紛争地帯を取材することが多かったので、麻薬戦争が激化していったときにジャーナリスト仲間が、この今の麻薬戦争を見てみたらどうかと言ってくれて。米国テキサス州のエルパソ、当時米国一安全だった街から歩いて国境を越えてフアレスに入りました。そしてたった1日で本当にたくさんの死、たくさんの暴力を目にして衝撃を受けたんです。これは絶対取材したいストーリーだと思いました。それほど取材されていなかったということもありましたし。それから2年間スチールを撮りいろいろな媒体に掲載されたけれど、それだけではこのストーリーを伝えることは出来ない、写真では限界があると思いました。それで映画を作ることにしたんです。暴力や死は写真でも伝わるが、それ以上のもの、この麻薬戦争がメキシコやアメリカにどんな影響を与えているのか、麻薬戦争から生まれたカルチャーがどう人々に影響してるのかを探求したいと思ったんです」

――写真を撮ることと映画を撮ることはとても違うと思うのですが、実際やってみてどうでしたか?

シュワルツ「アメイジングでした。違うところはたくさんあります。写真は一人で行う孤独な作業で、ひとつだけに集中していればいい。デリケートに被写体に近づいていく作業。一方映画はチームワークだし、撮影はプロセスの一部にすぎない。編集やビジネスマンのような資金集めも必要になってくるし、違いますよね。でもキャノンの5Dで撮影しているので、普段スチールを撮っているのと同じ一眼レフだし、クルーと言っても監督と録音担当だけです。ドキュメンタリーの映画はストーリーがどうなるのかを意識しつつ、いろんなことに気を配ります。インタビューをどうセッティングしてどう使おうかとか、何が必要でこれから何をしなきゃいけないかとか、考えることがすごく多いので、そこもちょっと違うかな。スチールは光と影という非常にミニマルな撮影方法であり、思考の仕方も違うんです」

 

民衆はなぜカルテルを崇めるのかがわかった

――監督にそこまでやろうと思わせたこのテーマ。麻薬カルテルは人を殺しまくっていますよね。本作にも死体が山ほど出てくる。本当にやりきれない思いです。フアレスの人たちは毎日それを見ているにも関わらず、なぜ彼らを崇めるのでしょうか。子供は彼らのようになりたいとか女子高生は彼らと結婚したいとか言っていました。バカなのか? なぜ? それを見てきた監督に教えてほしいのです。

シュワルツ「僕も最初はあなたと同じリアクションでした、彼らはアホなのかと。次第になぜなのかがわかってきました。例えばフアレスという町に少年がいます。母親は地元の工場で1日10ドルでずっと働いているけれど、生活は良くはならずスラム暮らし。特にチャンスを見出せるわけでもない。そんな時に、14歳、15歳、16歳のティーンエイジャーなのに女も金も好き放題にできて法律的にもアンタッチャブルな人が、高いクルマで目の前を通ったら、それは魅力に感じますよね。いつ殺されるかわからないリスクもあるし、見た目ほどグラマラスじゃないかもしれないけれど、少なくともそういう環境にいたら、犯罪者の方が魅力的に感じるかもしれない。わかりますよね。だからこそ彼らを恐れるだろうし、彼らは犯罪者だけど王様のような墓をつくったりしているから、死んでもなお英雄視されている。僕自身は死んだらどうなってもいい、穴でも掘って投げ入れてくれればいいと思う方だけど、彼らにしてみればそういう形でしか人生に英雄を持てない。英雄を考えた時にそれが一番身近なんです。いずれにせよ、自分のアホかと思う気持ちを乗り越える。乗り越えて、どうやったら彼らがそう思ってしまう現実に到達してしまったのか、その理由を考え始めないと何も変わっていかないと思うんです。アホかで終わらないということですね」

――フアレスに住んでいればそうかもしれません。でも裕福なアメリカに住んでいるメキシカン・コミュニティにも、ものすごくナルコ・コリードが流行っていますよね。アメリカ最後の移民である彼らは米国社会で虐げられているから、共感できるということなのでしょうか。

シュワルツ「絶対にそうだと思います。僕もイスラエルからの移民です。アメリカ国籍を持っている自分から見てもそう思います。移民であることはとても大きいんじゃないか。だからこそエドガーを本作の主人公に選んだんです。彼は米国の生まれ育ちだけどメキシコ人でもあり、そこにルーツを求めている。今のメキシコ系のキッズたちは、パンチョビラとか革命家とか全然知らないのに、シナロア・カルテルのボス、チャボのことは知ってるんです、驚くべきことに。例えばナルコ・コリードに熱狂していた女性たちも、たぶんアメリカでアメリカ人とうまく混ざり合いながら、進学もしたいい子たち、頑張っている子たちがほとんどだと思います。でもなぜかこの勇敢で大胆なギャングであるカルテルを崇める歌に熱狂する。それはおそらく、ナルコ・コリードは民謡やギリシャ神話やおとぎ話と同じレベルになっているから。メキシコを象徴するものだから自分のルーツにつながっている気がするんです。でも、アメリカに住んでいる子たちはたぶんその晩だけ熱狂して翌日には全然違うことをしているでしょう。本当にギャングの人は少ない。けれど、ラテン系以外の人もいないんです」

――アメリカの子たちは、ナルコ・コリードを一つの音楽のジャンルとして消費しているんでしょうか。一昔前のブラック・カルチャーのギャングスタラップのように、10年後にはヒットチャートの上位はナルコ・コリードになってしまう?

シュワルツ「確かに、非常にニッチではあるが音楽ジャンルになっているし、ギャングスタラップと似ているところもあります。ですが個人的には、ラップ自体は黒人のニーズをはるか昔に離れてもっと大きいものになってしまっているし、小さな子供からおばあちゃんまで聴くような音楽になっているので、それと同じような支持は得ないんじゃないかと思います。まず、ラテン系じゃないと聴かないんじゃないのかな。それにスケールも違う。確かにギャングスタラップも歌詞が暴力的だったりするけれど、実際のところ本作にも出てきたように、麻薬王が実際に『俺のことを歌詞にしろ』と発注するみたいな、まるでPR会社みたいなことはギャングスタラップでは行われていない。やっぱりラップはつくり物で、ナルコ・コリードの方がリアルなんです。それと、メキシコのカルテルのもつ権力と金のレベルが、ブラック・ギャングとは比べ物になりません」

――地方政府並みだと聞きましたが。

シュワルツ「そう、カルテルはあらゆる面において汚職や贈賄を通してすごく権力がある。公権力とミックスしちゃってるんです。アメリカの麻薬捜査局の見積もりでは、昨年のメキシコの麻薬密輸による収益は350〜500億ドルだという。直接的に利益供与をされている人は10万~25万人いると。それを聞いただけでもこの集金マシーンのサイズは推して知るべしですよね。ギャングスタラップはいくら稼いでもそこまでは行かない。エンタメ界で成功する方がギャングで成功するより稼げます。シナロア・カルテルのサイズはイタリア系マフィアのジョン・ガディソンよりも全然大きいんです」

――監督は撮影の手法として対象者に密着して撮っていますが、危ない目に合うこともあるんじゃないかと思います。殺されるかも、という目にあったことは? 恨みを買ったりと心配されていないですか。

シュワルツ「昔は怖かったけどいまはもう恐れていません。自分の身に対しても彼らに対してもね。ただ唯一悲しかったのは、メキシコで上映が一切できなかったこと。怖い瞬間はいくつかあったけれど、深いところまでどう切り込み、誰もけがをせずにできるかは最初からわかっていましたから。でも、メキシコには行けるけどフアレスへは今後も行けないかもしれません」

現実で起こることに文化がリアクションする

――日本で本作が公開されることは画期的です。平和に浸かっている日本人に伝えたいことは?

シュワルツ「平和ボケ、いいことじゃないですか(笑)。とにかく映画は映画であるべきだと思います。ドキュメンタリー映画は実は大嫌いでした。題材は面白くても撮り方や視覚的な部分で、映画としてとてももったいないと感じる作品が多くて。僕は良質なストーリーを良質な画を通して語りたいと思っています。複雑な主人公たちをしっかり描いて、人間の物語として見る人が共感をもてるような。そこに初めて見えてくるものがあると思うから。世界中で、イギリスだったりイタリアだったり、メキシコと米国以外でもヒットしているということは、それが響いているからです。だから日本人にも響くといいなと思っています。もう一つの大きなテーマは、カルチャーというものは起きていることにどうリアクションしていくのかということ。麻薬戦争というリアリティのリアクションとして、ナルコ・コリードなどのカルチャーができる、それは普遍的なこと。どの時代、どこに行ってもきっと現実にリアクションしたカルチャーがあるんです。何かが起きるとそれにショックを受けてカルチャー自体が変わっていくわけです。カルチャーがなぜそうなったのかを理解することが重要で、我々とカルチャーは互いが互いをつくっていくという関係でもある。人間の物語をきっちり描けばそういうところまで響くと思います」

――監督のお話を伺っていると文化人類学者みたいですね。

シュワルツ「大学に行かなかった身としてはほめ言葉かな(笑)」

――最後に、テーマを確実に自分のものとしている監督は、今後映画としてつくりたいと思うテーマは見つかっていますか。あるとしたらそれはなぜ?

シュワルツ「長編の企画も進んでいます。今はフィルム・メーカーとしてショート・フィルムをたくさん撮っています。紙媒体は今、興味深いところに来ていて、ニッチではあるがWEBサイトにショート・フィルムをUPするということが増えていて。『タイム』誌のサイトなどが多いですね。次の長編企画は何年もかかると思うけど、タイトルは『トロフィー』といいます。狩猟した動物の頭部や毛皮をトロフィーというが、テーマは密猟や闇市場、サイの角やトラの骨を扱うところです。あまり知られていない動物に置かれる価値、金を出せばどんなに絶滅の危機に瀕している動物でも狩ることができる、そんな世界、動物の密輸の世界を探求していくつもりです」

――スバラシイ! 今私も一番興味のあるテーマです! 有難うございます。

シュワルツ「帰って来るまで1年くらい待ってくださいね(笑)」

●プロフィール
シャウル・シュワルツ
1974年イスラエル生まれ。イスラエル空軍除隊後ヨルダン西岸の報道を始め、2004年にはハイチ蜂起の報道で2つの世界報道賞を受賞。その後もガザ入植者やケニア暴動をテーマに報道写真を撮る。ロバート・キャパ賞受賞。タイム、ニューズウイーク、ナショナル・ジオグラフィック誌などで作品を発表している。現在ニューヨーク在住。

(C)Narco Culture,LLC

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