麻生久美子主演「インスタント沼」がDVD化
三木聡監督インタビュー

タイトルの「インスタント沼」って何だ? この不思議なタイトルには大きな謎が隠されている。が、その謎解きは、映画を観てのお楽しみ。ヒントは「ひらけ、ぬま」とだけ言っておこう。これまで「小ネタ満載、ユルユルな脱力系の笑い」という枕詞で語られることが多かった三木聡監督。しかしこの映画「インスタント沼」では、そういった"お楽しみ"は踏襲しながらも、気分がグっと上がる、新たなるアッパー系エンターテインメントを構築。劇中、「困った時には水道の蛇口をひねるといい」と、登場人物に言わせている三木監督にその真意と、ワン&オンリーな映画世界について伺ってみた。

人生役に立つことだけがすべてではない

―ヒロインのハナメ役の麻生久美子さんは、三木監督とは'06年に放映されたTVドラマ、「時効警察」の第1シーズンからのお付合いになりますね。

三木聡(以下、三木)「出会ってからもう、3年以上経ちますか。いろんな意味で演技のセンス、幅の広がりを感じさせる、すばらしい女優さんです」

―「インスタント沼」では主役とはいえ、ほとんど出ずっぱりの活躍でした。

三木「自分でいろいろお願いしておいて何ですけど、彼女、大変だったと思います。というのも、映画の約束事としてキャラクターには"ある一貫性"が求められるんだけど、僕の場合はついそれを壊したくなる。むしろ一貫性なく、別の面を観せていくことでキャラクターは立体化してゆく、と。そんな勝手な論理のもと、役者さんに動いてもらっているんですね。ふつうの演技理論でいうと、"この人の性格だと、そう言わないんじゃないの?"ってセリフをさんざんハナメは言わされているんですが、それをまとめあげているのは全て、麻生さんの力、女優としてのポテンシャルの強さと言っても過言ではありません」

―ではハナメと、麻生さんが「時効警察」シリーズで演じていたヒロイン"三日月しずか"とのキャラの違いは?

三木「ハナメのほうは成長するキャラクターなんですよね。『時効警察』って"あんなふざけた職場で、ずーっとダラダラと過ごせたら楽しいだろうなあ"という、思考停止のような快感に裏打ちされている世界なんですよ。三日月もそれを体現しているキャラクターのひとり。だけどハナメは2時間の映画の中で成長し、考え方がガラっと変わっていく。そこの差は大きいんじゃないかなあ」

―ただハナメも、愛されキャラであることは変わらないですよね。

三木「前半は嫌われキャラ、後半は愛されキャラになっているかな。前半は80年代の映画でいえば『ワーキング・ガール』みたいなね、わりとこう、"社会的地位が高いってことがひとつのステータスだった時代の女性キャラクター"に対するオマージュなんですよ。屋上で会話をしているシーンでは、下界はマンハッタンの雑踏をイメージしたSE(効果音)を入れているんですが、そういう小賢しいこともやってまして(笑)。そのシーンの色調はややブルーぽく抑えてあって、ヒロインの成長とともに、色彩が鮮明になってくる。そんな映像設計を撮影部がしてくれました。ハナメが蔵を開けると、中が崩れて暗闇の中から煙がモクモクと出てくるのは、『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』で大玉が転がってくる有名なシーンのイメージが、どっかにあった気もする。CGが全盛になる前の、手作りでいろんなことをやっていた80年代前半のハリウッド映画が好きでしたんでね。そういうものに『インスタント沼』はちょっと影響を受けているかもしれない」



―冒頭の"ハナメの日常"の紹介映像も、80年代のプロモーションビデオ風ですよね。あの夥しい映像は、何分で何カットあるんですか?

三木「時間は3分くらいかな。全109カットです。80年代にこだわったのは、この映画では、骨董が重要な小道具になっているじゃないですか。だから、古いものに対する慈しみだったり、世間に左右されずに自分なりの価値観をもとう、なんてことと繋がっているといえばそうも言える。あくまで結果論ですけどね。でも、何となく僕の潜在意識の中にあったんだと思う。つまり、ある時期からどんどん沼が消え、埋め立てられてしまったことや、"社会的に立派な人にならなきゃいけない"なんて常識への抵抗感ですね。80年代後半から顕著になる、街の区画整理もそうだけど、間尺に合わないものを省いていく世の中に対するガッカリ感。目的のない人生がダメな人生かというと、別にそうではない。その人自身が楽しければ、別に他の人にとやかく言われる筋合いのものではない、ってことにハナメがどう気付くかが彼女の成長部分なんですよね。もしかして僕自身が怠け者だから、それに対する言い訳でこんな戯言、並べているのかもしれないですけど(笑)。でも人生、役に立つことだけがすべてではない」

―そして、この映画では"いかにテンションを上げて生きていくか"という人生の指針がなされています。

三木「そこまで大げさなものではないんだけど。劇中ではひとつの例として、"水道の蛇口をひねれ"というのを挙げています」

―観ていない方のために補足しておきますと、「洗面所でも風呂場でも、水道の蛇口をひねる→そして無謀にも外に飛び出す→走る走る→ドキドキする→闇雲にテンションが上がる」って算段ですね。

三木「いかに水を溢れさせないように、タイミングよく戻ってくるかが肝要なんだけど、子どもの頃ってそれに似た遊びを無意識にやってたわけですよ。マンホールを地雷に観立てて、"踏んだらアウト"みたいな感覚で道を歩いたりしてたじゃないですか。横断歩道の白いラインのところだけ踏みながら、家まで帰るゲームとかも。そうするだけで、毎日の通学路なのにテンションが上がった。いつも通る道を少し変えただけでも、けっこういろんな発見があるものですよ。全員が同じ方向を向いて、画一的になっていくことへの嫌悪が強いんですかね。結局はあまのじゃくなんです。きっと僕が"ひとりっ子"で育ち、ワガママだってことも関係あると思う。ひとりっ子の監督の作風を探ると、けっこうあまのじゃくだと思いますよ。確証はないけれど、調べてみると、おもしろいかもしれない」

沼を作るシーンは僕なりのラブシーン

―冴えないパンクス、ガス役の加瀬亮さんとは初めて組まれたわけですが、三木組では珍しくアドリブを入れてきたそうですね。

三木「新鮮なことでしたね。いつも通りに、リハーサルで芝居を作っていったんですが、先の読めない人で、要するにアナーキーなんですね。だっていきなり、"監督、このマンガ、トンデモなくおもしろいですよ!"って話しかけられて、何かと思ったら、漫画家・岡田あーみんが80年代に発表した『お父さんは心配症』を薦められたんです。ホント、いきなりでしたからね(笑)」

―必死にインスタント沼を作ろうとするハナメとそれを手伝うガス、この場面は、ある種のラブシーンという捉え方もできると思うのですが。

三木「そうですね。僕なりのラブシーンとして撮っていますよ。あそこで加瀬くんに、"これはガスの唯一の笑顔です、いちばん魅力的な笑顔を観せてほしい"ってお願いしたんです。そうしたら、"楽しかったよ、それなりに"ってセリフを言ったあとの笑顔を観て、僕はラブシーンとして成立した気がした。その笑顔にハナメは心を射ぬかれたわけだし、実際、映画を観てくださった方々からも"あのガスの笑顔にヤラれました"って感想をけっこうもらいまして。これはうれしかったですね」

―今回の三木監督の映画は、ハナメみたいに"人生に悩んでいる方"が観るといいですね。

三木「どうかなあ。まあ映画って何でも、ちょうど転換期に観ると、それぞれの心情が投影されるものですからね。ある編集部にいた女性が会社を辞めて、旦那さんと一緒に海外に行こうか迷っていた、その時に『インスタント沼』の試写があって、観たら"やっぱり行くか"という結論になったそうです。"主人公のハナメに背中を押されました"って聞くと、喜ばしい反面、そんな大切なこと、この映画で決めちゃっていいの? どうなっても知らないよ! って心配もありますね(笑)」

●取材・文/轟夕起夫 ●撮影/栗栖誠紀 

プロフィール

三木聡

1961年神奈川県生まれ。人気バラエティ番組の構成を数々手がける一方、作・演出を務めたシティボーイズのライブは常にソールドアウトに。大ヒットドラマ「時効警察」シリーズを始め、映画「イン・ザ・プール」('05)、「亀は意外と速く泳ぐ」('05)、「図鑑に載ってない虫」('07)、「転々」('07)などで熱狂的なファンを生み出してきた。近年はイタリア、台湾、アメリカ等で特集上映が組まれ、新しいタイプの監督として海外でも注目を集めている

「インスタント沼」 

11月27日DVD発売・レンタル(角川映画) 

まさに沈みっぱなし、ドロ沼のような生活をやり直そうとしているOLのハナメは、行方不明の父親を捜しに行くが、そこにいたのはヘンテコな骨董屋のオヤジ、「電球」とあだ名で呼ばれる男だった。次々とトラブルに巻き込まれながらも、前向きに対処していくハナメに明日は来るのか!? ジリ貧OL「沈丁花ハナメ」役には'07年度ブルーリボン賞主演女優賞を受賞、三木監督とは「時効警察」シリーズでコンビを組んだ麻生久美子が配され、彼女を助けるパンクロッカー「ガス」役に扮するのは、同じくブルーリボン賞主演男優賞の加瀬亮。うさん臭い骨董屋「電球」をベテランの風間杜夫が怪演し、ハナメの母親役を大女優の松坂慶子が飄々と演じるなど、日本映画を代表する魅力的なキャストが結集している

©2009 「インスタント沼」フィルムパートナーズ
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