
1929年、小林多喜二が発表した小説「蟹工船」。過酷な環境下で働く労働者たちが自分たちの権利を求めて立ち上がる姿を描き、プロレタリア文学の最高峰といわれた。そして世界的な不況が叫ばれる現代、その「蟹工船」が注目され、なんと本が160万部もの売れ行きを記録し、昨年末の流行語大賞のTOP10入りも果たした。そんな不朽の名作を、スタイリッシュな映像と独特のユーモアを散りばめながら、全く新しい「蟹工船」として作り上げたSABU監督。今、なぜ、この原作に注目したのか。そして、どんなメッセージを込めたのかを聞いた。

ー「蟹工船」を映画化しようと思った一番の理由は?
SABU 「今ブームになっているということよりもまず、原作を読んでみたら、とにかく興味深かったんです。船の中という密室であること、そして何より、船の上でカニ缶を作っていることが僕にとっては面白すぎた(笑)。それで映画化したいなと思ったんですよ。調べてみたら、ちょうど著作権が切れていた。それに、原作がこれだけ社会現象にもなっているのだから、映画化するなら、今すぐやるに限ると思ったんです(笑)」
ー昭和初期に書かれた原作ですが、今回の映画化では時代設定はしなかったのですか?
SABU「そうですね。時代はあえてよくわからないようにしようと思いました。脚本の第1稿では原作になるべく準じていましたが、書き進めていくうち、古い時代のものを今そのまま作っても、今の観客にはなかなか届かないんじゃないかと。とくに、原作が社会現象になったということは、『蟹工船』に希望を見出そうとした若者たちも多いということ。そんな彼らに共感してもらえるものを作るためには、わかりやすい形にした方がいいだろうと思いました。それに原作と映画は違うものなので、あえて時代設定をしないでおこうと考えました」
ー労働者たちが貧乏自慢をするシーンがありますが、貧乏ということに実感のわかない世代に向けて、わかりやすく描いたということですか?
SABU「はい。あまりに貧乏だ、悲惨だということをまじめに書くとギスギスした話になってしまい、説教くさくて映画として楽しくない。だから、どこか肩の力が抜けるようなシーンがあった方が話の中にも入っていきやすくなる。それで、貧乏自慢のようなシーンを作ってみたんです。普通、自分が他人より貧乏であるということを口にするのは恥ずかしいはずだけど、それが蟹工船という劣悪な環境で共に働く仲間の中でなら恥ずかしくない。誰かが貧乏だと言ったら、自分の方がもっと不幸だ、貧乏だという。そんなあり得ないような会話や開き直りのバカバカしさと、貧乏自慢のおかしさを描くことで、貧しさが伝わるかなと。それと、貧乏人の子沢山という話は、昔から一度、映像化してみたかったことで(笑)」

ーコスチュームがかなりオシャレですね
SABU「結果的にそうなったんです。最初は、蟹工船の労働者たちはみな漁師だから、作業しているときに濡れないのがいい、それならカッパだと思ったんです。そのカッパにペンキで番号をふってみたら、パンクっぽく見えてきた。しかもそれが集団になるから、インパクトをもってしまってオシャレになったというか(笑)。でも、西島秀俊さん扮する現場監督・浅川のコスチュームに関しては、どこか格差をつけないといけないと思ったんです。原作では浅川は太っていてデカくて、力で押さえつけているようなイメージですが、西島さんは冷血なイメージがあった。それに加えて労働者たちが黒のカッパだからと、単純に浅川は白のロングコートになって。ドイツの将校みたいですよね。それに対して、労働者が囚人という感じかな」
ー船内のセットも凝ってますが、何かイメージがあったのですか?
SABU「とくにはないですね。脚本を書くためにカニ缶工場に行くこともしてませんから(笑)。ただカニを選別しているベルトコンベアはいるなと思ったんですね。それに、工場での作業がどれだけ疲れるか、その疲労感を見せなくてはいけないから、何が必要かと考えて...。手動のプレス機や蒸気、それに加えて歯車というアイデアが浮かんだ。もっとも歯車は最後までカニ缶を作る過程のどこに必要なのかわからない。わからないけど、ディテールがリアルかリアルじゃないかといったことを気にしたり、この時代にこんなものはないとか言い出したら、一番面白くないと僕は思っていますから」
ーそう言えば、拡声器も出てきますが。
SABU「あの時代にはないと思いますよ。でも、いいんです。基本的に僕の趣味ですから(笑)」

ー主演の松田龍平さんをはじめ、若手実力派といわれる俳優をズラリとキャスティングしてますが、こだわった点は?
SABU「僕自身そうなんだけど、みんな心のどこかで挑戦したいという気持ちがあると思うんです。いつも自分のやりやすい作品にばかり出ていると、それ以上の芝居はできなくなりますからね。で、龍平君も新庄のような役はやったことがない。西島さんもそうですね。とくに彼は、原作とのイメージは違ったけれど、冷酷で病的な部分も出して浅川を演じて欲しかった。悪人ぶりがハマリました。『蟹工船』を見て、今後、西島さんを悪役として使いたくなる監督がいたら、僕としてもうれしいですね(笑)」
ーお笑い芸人のTKOの2人、木下隆行さんと木本武宏さんを起用したのには何か狙いが?
SABU「そうですね、公開した後の宣伝担当(笑)。というのは冗談ですが、苦労されている2人なので、それが演技にもうまく反映されてました。原作を読んで脚本を書いているときには、おっちゃんたちの話だと思っていたんですが、蓋を開けたら、意外と20代のキャスティングにしたほうがいいかなと思うようになって、まさにその世代の俳優たちが集まってきた。その中であの2人は年齢は上でした。彼らの普段のイメージから考えると、劇中でもお笑い要員として使うのが常套手段でしょうが、年齢的に上ということもあって、どっちかというとシーンを締める役割だった。それをとてもうまくやってくれたんですよ。役者としてまた機会があれば、使いたいですね」

ーこの映画で、歯車が何かと象徴的に使われていますが、監督として意味するところがありますか?
SABU「歯車というと、"会社の歯車"というように、一般的にはネガティブなイメージがある。でも、僕としてはそういった悪いイメージでは全くとらえていないんです。たとえば映画づくりを考えた場合、まず原作、脚本がありキャストがあって、一つ一つが歯車で、それぞれが噛み合って進むんです。撮影の現場では本当に、自分たちは歯車だなと実感しました。ここで僕が取材を受けているのも、歯車。それらが全部うまく噛み合えば、映画もヒットすると思うんです(笑)。それをさらに考えると、日本という国だって一人ひとりの人間が歯車で、それがうまく噛み合って進めば、多少はよくなっていくんじゃないかなと思うんですよ。だから、みんながポジティブな意識をもった方が世の中も楽しいんじゃないかって」
ー前作の「疾走」を撮られてから、ベルリンに半年ほど留学されて、3年ぶりの新作になりましたが、ベルリンに行ったことは作品に何か影響を与えていますか?
SABU「遊んでばかりいたので、仕事しないといけない...と思いましたね(笑)。ベルリンではオペラとバレエの鑑賞三昧。それが、今回の密室劇に影響したとかいうことは、んー、ないですね。ただ、とてもたくさん写真を見たことで映画はつくづく光と影だなと感じて、今回のセット作りに影響しているかもしれませんね」
ー今の時代に「蟹工船」を映画化することで、監督として作品に込めたメッセージを聞かせてください。
SABU「学生運動に参加した世代は、団結によって問題を解決する術を知っている。でも、それ以降の世代は個人主義。そして、何か問題があるとつい人任せになったり頼ったりすることになってしまう。今の若者は、自分の就職が思うようにいかなかったりクビを切られたりすると、人のせいにしがちだと思うんですよ。確かに、こんなことになったのは国が悪いと僕も思います。決して、自己責任じゃないと思う。でも、自分はこうなりたいとか次はどうしようとか、自分で考えてこなかったツケが今回ってきているんじゃないでしょうか。一人ひとりがきちんと考えて、たとえばこんなひどい国を変えたいなら、投票しに行こうぐらい考えてみる。そう考える一人ひとりの小さな動きが大きなうねりにつながっていくと思う。僕はこの映画で、前向きに考えることが希望を見出すことになってる、そういうことを読み取ってもらえたらうれしいと思います」
1964年和歌山県生まれ。'86年「そろばんずく」で俳優としてデビュー後、「弾丸ランナー」('96)で脚本・監督デビューを果たす。以降、「ポストマン・ブルース」('97)、「アンラッキー・モンキー」('97)、ベルリン国際映画祭国際批評家連盟賞受賞作「MONDAY」('99)、「DRIVE ドライブ」('01)と独特なストーリーテイングが持ち味の作品を発表。「幸福の鐘」('02)ではベルリン国際映画祭NETPAC賞を受賞している
7月4日公開 配給 IMJエンターテイメント
カムチャッカ沖でカニを獲り、船上で缶詰に加工する蟹工船・博光丸。劣悪な環境の中で、出稼ぎ労働者たちは安い賃金で働かされ、現場監督の浅川は彼らをさらに酷使した。そんな中で労働者の一人、新庄は現世に見切りをつけて集団自殺しようと持ちかけるが、それもままならない。だが、やがて新庄は労働者たちを率いて、自分たちの権利のため立ち上がろうと一斉蜂起を呼びかける。新庄に松田龍平、監督・浅川に西島秀俊ほか、高良健吾、新井浩文に、お笑いコンビTKOの木下隆行、木本武宏ら個性的なキャストが顔を揃え骨太なドラマを作り上げている