
罪もない人間をハンマーで殴り殺す猟奇連続殺人犯と、その狂気にたったひとりで立ち向かうはめになった元刑事の必死の追走劇「チェイサー」が日本に上陸する。観客の年齢制限あり、事前広報ほとんどなし、ノンスター、低予算、という悪条件をものともせず大ヒットを記録。韓国で507万人を動員、韓国大鐘賞、大韓民国映画大賞など名だたる映画賞の主要部門を次々と独占した。レオナルド・ディカプリオ&ワーナーブラザーズがリメイク権を獲得したことでも知られるこの衝撃作を監督したのは、なんとこれが長編映画デビューのナ・ホンジン。一躍韓国映画界の台風の目となった監督が、映画製作のきっかけから撮影現場の裏話、次回作の構想までをたっぷり語ってくれた。

ーこの映画を見て観客に罪悪感を感じてほしい、といわれたそうですが
ナ・ホンジン 「2004年頃、中近東のイラクで、日本人、韓国人、アメリカ人が拉致される事件があり、韓国人とアメリカ人は殺されてしまいました。実際に彼らが殺害される映像が世間に出回り、僕もそれを見ました。そしてそのことが『チェイサー』をつくるきっかけになったんです。殺された男性は密室に閉じ込められている間、きっと誰かが助けに来てくれると希望をもっていたことでしょう。でも実際には、彼のことをそこまで真剣に考えてあげた人はいなかったのです。また、この映画をつくるヒントになったもうひとつの事件(※2003年〜2004年にかけて21人を殺害したユ・ヨンチョル事件)でも、被害者がデリヘル嬢だったため、殺されるのはそんな特殊な職業の人たちだけだ、みたいな社会的風潮がありました。僕はそれが残念でなりませんでした。おかしいじゃないですか、誰が被害者になるかわからないのに、職業だけで差別するなんて。この映画をつくるとき観客にはそういった点を考えてほしいと思いました」
ー車の中で母親を心配する幼いウンジが泣き、その横で主人公のジュンホが電話をするシーンが印象的でした。監督自身のお気に入りのシーンは?
「個人的には、映画の冒頭の車を停めるシーンが映像的にとても気に入っています。物語が始まってしまうと人物を追わないといけないため、映像にこだわることができませんから。車の中のシーンは、最初はジュンホがタバコを吸うという設定で、実際にそのカットを撮りました。ジュンホのキャラクターを『誰かのために何かをするということをまだ知らない男。自分の考えと行動が一致していない男』として描きたかったんです。でも、よく考えたら雨が降っているのに窓を閉め切ってタバコを吸っているのはヘンだし、あの状態が5分も続けばジュンホも何かしなければならないと思ったはず。なので両方撮影したあと、電話をするカットのほうを選びました」

ーハードな内容でしたが、撮影現場でのスタッフ、キャストの精神状態は?
「現場で笑ったり騒いだりする人はほとんどいませんでした。撮影中に『チェイサー』の現場の雰囲気がよくないらしい、という噂が流れましたが、仕方ないです。内容が内容だし、俳優さんたちもいつもしかめっ面をしていましたから(笑)。夜の撮影が多いので昼と夜が逆転してしまい、スタッフも疲れ果てて現場の雰囲気がますます映画のように重苦しくなりましたね。体力の消耗が激しくもうエネルギー切れだ、と思ったときにちょうどクランクアップしました」
ー主役の2人はどのくらい走ったのですか?
「秋の撮影だったんですが、夜が短くて実際に撮影可能なのは9時間か10時間でした。 2人は明け方まで休憩時間以外、ずっと走っていましたね。追撃シーンは合わせて1週間くらいでしたが、その間、とにかく走ってました」
ーレオナルド・ディカプリオ主演でハリウッド・リメイクが決まったそうですが、ここは変えてほしくない、というところはありますか?
「同じシナリオでも撮る人が違えば違う作品ができる。僕も授業でそういう経験をしました。ハリウッドでどのような新しい作品になるのか、とても興味深いし緊張しますね。僕は脚色も演出のひとつ、逆にいえば演出は脚色から始まると思っています。ですから、リメイクにあたってはすべて任せるつもりですし、ここを変えないで、という希望は全くありません。脚本を書いた立場からすると、僕には子供はまだいないんですが、娘を嫁に出すような気持ちですね(笑)。僕の予想では新人監督には撮らせないと思います。僕より経験のある監督が撮るとなれば、勉強になる点がたくさんあるはずです。早く見てみたいですね」
ー釜山国際映画祭で「チェイサー」の舞台あいさつを見たとき、若い女性のサポーター集団がそろいのTシャツを着て映画を応援している姿に驚きました。「チェイサー」が韓国で大ヒットした理由のひとつにリピーターの存在があるそうですが、この映画のどんな部分が、観客に何度も足を運ばせたのでしょう?
「それは僕にもわからないです(笑)。撮影中は、内容が真摯なだけに、見た人すべてが何かを感じとってくれる、できるだけ道徳的な映画にしたい、ということだけは念頭に置いていました。トータルで507万人の観客がこの映画を見てくれました。そこで僕も、なぜそんなにも多くの人がこの映画に満足してくれたのかを考えてみました。たどり着いた答えは『やはり人だな』ということです。この映画には人間の本性や赤裸々な姿が描かれています。それを見てくれた507万人の観客もやはり人間です。人が人の映画を見てくれた・・・僕が考えられる理由はそれくらいです」

ーこれまでにどんな映画を見てきましたか? 影響を受けた作品や監督は?
「いわゆるジャンル映画が好きでよく見てきました。監督でいえばサム・ペキンパー、ウィリアム・フリードキン、コーエン兄弟、ジョン・カサベテスなどの作品です。僕は映画学校を出ていないので、映画そのものが僕の先生でした。でも、そのうちの誰かひとりに特に影響をうけたというわけではなく、いろんな監督から学んだものが僕の体の中に染み付いているという感じですね。逆に、僕が誰から影響を受けているか、誰かに解明してほしいです」
ー監督が考えるハッピーエンドとはなんでしょう?
「僕にとってのハッピーエンドは、映画が終わったあとも観客がその映画のことを思い出してくれることです。それがいちばん幸せな結末です。要するに余韻を残したいんですね。今回、日本に来て、日本と韓国の路地は似ていると思いました。日本の観客にも、『チェイサー』を見たあと、帰り道で映画のことを思い出してほしい。コワイですか? それは申しわけありません(笑)」
ー今、韓国の映画界は不況といわれていますが、その中で監督を続けていくうえで大事なことはなんでしょう?
「厳しい状況下にあるとはいえ観客の心をつかんでヒットしている作品もありますので、韓国映画界全体の危機とは思ってはいません。でも製作本数が減っていることは確かです。大切なのは、観客の水準にあった良質な映画をつくることですね。今回『チェイサー』を撮ってみてわかったのは観客の鋭さです。映画のなかで比喩的に表現したものをすべて汲み取っていて、ここまで細かく見ているのか、と驚かされました。こうした、映画評論家以上にレベルの高い観客に合う作品、良質な作品をつくっていくべきだし、僕たちもそのための努力が必要です。2009年は、韓国の力のある監督たちの新作が続々と発表される予定です。韓国映画界市場について語るのは、それらの公開状況を見極めたあとのほうがいい思います」
ー次回作の予定は?
「タイトルは仮題で『黄海/The Yellow Sea』といいます。ある男が現実社会でありとあらゆる苦難に襲われます。これまでの人生でたくわえてきたものが全部はがされて丸裸になったとき、人はどういう行動をとるのかという内容の映画です。主人公をとことん苦しめてみたいですね。キャスティングはまだ決まっていません」
1974年、韓国生まれ。漢陽大学でインダストリアル・アートを専攻したのち、韓国芸術総合大学を卒業。料理人を主人公にした短編「A PERFECT RED SNAPPER DISH」(05)、汗をテーマにした白黒の短編「SWEAT」(07)で高い評価を受ける。その才能を認めた製作会社のアプローチにより、長編第一作「チェイサー」を監督。脚本も自身が手掛け、第7回大韓民国映画大賞では主要7部門独占受賞のうち、監督賞、新人監督賞、脚本賞を受賞。今韓国で最も勢いのある新鋭監督として今後の動向が注目されている。「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2009」にゲストとして参加した。
5月1日公開 クロックワークス=アスミック・エース配給
元刑事ジュンホ(キム・ユンソク)が経営するデリヘルで働く女たちが相次いで失踪。ある夜、幼い娘ウンジをもつミジン(ソ・ヨンヒ)までもが消息を絶った。ミジンを探すジュンホは、ミジンが客に呼ばれて向かった先の住宅街で、返り血を浴びた不気味な男ヨンミン(ハ・ジョンウ)を発見、激しい追撃のすえやっと捕まえる。警察であっけなく連続殺人を自供するヨンミン。だが、信じられないことに証拠不十分で釈放されてしまう。一方、ジュンホはどこかに監禁されているミジンを必死で探しまわるのだが・・・。