
乳がんが発覚した時、同時に始めての妊娠にも気づく――そんな女性外科医が、子供の命とガンの治療とどちらを優先するかに悩み、優しい夫に相談できないまま、究極の選択をする。映画「余命」でこの難しい役を演じたのが松雪泰子。作品の背景や役作りなどについて、真摯に語ってくれた。

ー『余命』の滴という女性は自分の中にはないキャラクターなので、ハードルが高かったそうですね?
松雪泰子(以下松雪) 「本作はメッセージ性の強い作品ですし、命とか夫婦のあり方とかがテーマである作品だったので、難しい役柄だったんですが挑戦しがいがあると思いました。この主人公の女性には共感できる方とできない方がいらっしゃると思うんです。私自身にはまったくない生き方をしている女性で、そういう意味で、彼女の精神状態が置かれている状況をとらえていくっていうのはすごく想像力が必要でしたし、それを役として表現するというのもすごく難しかったですね。ともすれば少しわがままに見えてしまうほどの強さをもつ女性というキャラクターですが、彼女なりの理由があって、その上での葛藤という細かい心理を表現したいと思ったので、それにはどういったアプローチがいいか、監督とも話しました」
ーがんとか出産とかに関していろいろ情報を集めたと思うのですが、新しく得たものはありましたか?
松雪 「やはり乳がんに対する知識。自分自身これまで検診に足が向いていなかったこともありますし、まず検診を受けに行き自分の胸の傾向もわかりました。炎症性乳がんの再発というのは根治が不可能だと言われているんですが、その病状の進行の具合とかなぜ根治が不可能なのかということを、ドクターとお話をして勉強しました。ともかく本当に早期発見がいちばん。乳がんに限らずだと思うんですけど、がんはわかりづらいもので大丈夫だろうと思いがちだったりするので、知識があるのとないのでは受け止め方も違いますよね。自分の体を知るということは大事だと今回すごく感じました。思った以上に炎症性再発というのは進行が早いことに驚きました。リンパと骨にすごく速いスピードで転移していって、治療しないで放っておくと、映画の中に出てくるように膿の花が咲くっていう形に現れてしまう。いちばん驚いたのは、そういう状態になっても恥ずかしくて病院に行けない方もいるということを先生に聞いて。最初は湿疹かなと思ったのが、どんどんそういうふうに変化していくそうなので、知らないということは怖いことだなと感じました」
ー本作のテーマは自分の命か子供かという究極の選択で、いろいろ考えさせられますが、松雪さんは命についてどのように感じましたか?

松雪 「本当にたくさんの視点からあらゆることを感じられる作品だと思うんです。見てくださる方のライフスタイルによって感じるポイントも違うでしょうし。役を演じているときは役の視点に立ってフォーカスしていくのでそこからしか見られなかったんですが、出来上がって全体を見て感じたのは、普遍的な生命の流れや営みを深くとらえているということです。なにげない日常の、当たり前に健康に暮らせることがどんなに素晴らしく有り難いことか、この作品に触れることで立ち止まって考えるきっかけになるんじゃないかなと。私は自分の命のルーツというか、命を受け取って存在できていることを有り難いなって思ったし、すべてが素晴らしい存在で自分は生かされているんだなと感じました。そういったことを感じてくれたらうれしいなと思います」
ー松雪さん自身は滴の選択をどう思いますか?
松雪 「究極の選択ですし、なかなか...ね。自分だったら誰かに相談すると思いますし、そういったときこそ家族には支えて欲しいしみんなで解決していきたいと思っています。複雑なのは、私も子供を育てていますので、自分の命と引き換えに子供を残していくという選択がいいのかどうか...。子供を育てている家庭なら大変さとか喜びとかがたくさんあると思いますし、お子さんのいる方は滴の決断について複雑な気持ちになるだろうなと思います。ですが滴を演じて私は、与えられた時間をどう生きようか、今この瞬間をどう精一杯生きようかと強く感じました。いつ何時どうなるかわからない、そのときが来るまでの時間をもっと最大限頑張って生きようと。生きる意欲が強くなったかもしれないですね」
ー松雪さんの思う、女性の幸せというのは何でしょうか?
松雪 「エンドロールを見ていて思ったんですが、ああいうふうに少しでも子供と過ごす時間があったから、この選択は彼女にとってはよかったんだなと思えたんですよね。どんな形であれ彼女はまっとうしてるんですよね、自分が考えてきたことを。だから逝くときは後悔はなかったと思うし、とても満たされていたと私は感じたんです。女性に限らず、何もしないで立ち止まったり後悔するよりも、やって生き抜くということが幸せなのかなと」
ー滴の夫はちょっと頼りない、自分の好きな仕事をやっていて収入をあまり考えないキャラクターで、ある意味リアル。そういう夫をどう感じましたか?

松雪 「現代を象徴している夫婦像ですよね。ただこの物語では、彼女が病気になることによって夫婦は成長していきますよね。中盤から終盤にかけては夫婦のあり方が逆転していくわけで。どんな夫婦の形がいいかというのはわからないですが、成長する必要があったからこそきっとこういうことが起きたんじゃないかなと私はとらえてたんですけど。私は、夫婦それぞれが人生を充実させている中で、共有して生きていける時間があって、依存しない関係がいいなっていうふうに思います」
ー仕事と家庭を両立したいならバランスをどうとるか、アドバイスを?
松雪 「子供は日々変化していきますから、できるだけ家の中の状態をキャッチできるようにしています。私は息子を共同生活者ととらえてまして、彼も頑張っていると思うんですけど、実質的に短い時間しか関わってあげられないという現実の中で、たくさん言葉を重ねていろんなことをちゃんと伝えてあげるようにしたい。だから仕事をするときは集中してやって、家での時間は目一杯愛情を交換できるようにしてあげたいなと思ってるんです。でもあんまり頑張りすぎると、お互いにとってよくないと思うのでできるだけ余裕をもてるようにスタンスを工夫しながら、少しだけ自分自身の時間をとるように、友達と会って話すでもいいんですが、そうやってバランスをとるようにしています。あんまり一杯一杯にやり過ぎないように。いつも穏やかにいられるように心がけています」
ー男性は乳がんや出産についてなかなかリアルに感じられないと思います。男性にどういう視点で見てほしいですか?
松雪 「女性は生命を生み出す生き物だから圧倒的に強いですよね。原作者は、そういう意味での男性の弱さを象徴的に描くことを意図してらっしゃるんですよね。だからそういった弱い部分を受け入れつつ見ていただけるといいのかなと勝手に思ってるんです。パートナーと一緒に見てもらって、帰りにご飯でも食べながら何か話していただければいいのかなと」
ー本作の役柄もとても気の強いキャラクターですが、全然自分とは違う、そこにひかれてそういう役を選んでいくのでしょうか?
松雪 「今回のキャラクターは少し極端な設定ですが、私は、困難があったりハンデがあったり精神的に破綻していたり、それでも人生を生き抜こうとする人間像にひかれるんです。今回の役も成長していくキャラクターですよね。そういった人物像にひかれるということでしょうか。開拓して行く、切り開こうとする人にひかれるのかもしれない。私は劇場に行って作品を見たときに、感動したいなとか何かを受け取りたいなと思うんです。自分自身が少なからずそういう立場にいて、表現できるというのはすごく幸せですし、作品の中で役を最大限にまっとうして生きることで、できる限りを伝えたいという思いがいつもあります。与えられた中で、どこまで役の可能性や作品の可能性を広げられるかというのはいつも考えます。だから私はメッセージ性の強い作品にひかれることが多いですし、芝居をしてキャラクターを作っていく上で魅力的な人物像であるかどうか、人間の奥深さを表現できるかどうかが、作品を選ぶ理由になりますね」
1972年佐賀県生まれ。'91年女優デビュー。以後、ドラマ「救命病棟24時」('01)「砂の器」('04)や映画「フラガール」('06)「子宮の記憶」('07)「デトロイト・メタル・シティ」('08)「容疑者Xの献身」('08)、舞台「キャバレー」('07)「五右衛門ロック」('08)など出演作多数。最新作は「笑う警官」('09年秋公開予定)
SDP配給 2月7日公開
結婚10年目、38歳で待望の妊娠がわかった外科医の妻とカメラマンの夫。しかし、その直後に妻の乳がんが再発する。出産か治療か、どちらか一方の選択を迫られる夫婦の絆と、妻の選択を描くヒューマン・ドラマ