
新作を発表するごとにカンヌ国際映画祭の主要賞をさらっていくベルギーの名匠、ダルデンヌ兄弟。これまでは切り詰めた表現方法でティーン・エイジャーを描いてきた彼らが、初めて大人の女性を主人公にした「ロルナの祈り」。本作では、35mmカメラを用い、エンディングで音楽を流すなど、より大衆的な演出もとり入れている。ドキュメンタリー時代も含め、一緒に映画を撮りはじめてから"100年だよ!"(実際は34年)と冗談も飛ばす、作風とは裏腹に陽気な兄ジャン=ピエール(写真 左)と弟リュック(写真 右)に、演出のこだわりや、観客に対するおもてなしの心などについて聞いた。

ー作品の題材はどのような方法で決めているのでしょうか? 毎回新しいものを探してくるのでしょうか? それともすでに頭の中にあるアイデアを順に実現しているのでしょうか?
リュック(以下L) 「50:50。私たちは現実世界との関わりを必要としている作家なので、人と話したり、映画を見たり、本を読んだりすることで助けられて、初めて自分の内側にあるものが外に出せると思っています。芸術作品をつくるということは、組織をつくり、それを整理し、構造化するという、要するに"形"を与えることだけど、その形を見つけるまでに時間がかかるタイプですね。直感ももちろんあるけれど、自分の中にあるものを、いきなりパッと出せるほうではないんですよ」
ー今回のロルナの物語は?
ジャン=ピエール(以下JP) 「物語のベースになったのは、知人の弟の麻薬中毒者が、アルバニア人のマフィアから外国人女性との偽装結婚の申し出を受けたという実話。そこから、偽装結婚とドラッグの過剰摂取による死のストーリーを映画にしようと考えました。麻薬中毒の男性ではなく、外国人女性のほうを主人公にしたのは、陽の当たる場所に出たいという強い意志をもったヒロインが、自分の成功のために他人の死を受け入れられるかどうかにドラマ的な魅力を感じたからです」
ー監督の作品は、現代社会の隅っこが舞台になった物語がほとんどです。おふたりには、映画を通して社会問題を提起しようという報道記者のような使命感があるのでしょうか?
L 「時代の不正を告発するつもりはないけど、自分たちの時代に起きていることや、登場人物が生きている時代の証言者であろうとは考えています。『ロルナの祈り』で描こうとしたのは、生命に対する価値の問題。劇中では"ロシア人と結婚すれば1000ユーロ、代わりに○×で5000ユーロ..."と、絶えずお金が話題になり、ブローカーはクローディの生命にも値段をつけようとします。人間が商品のように扱われるのは歴史上存在してきた事実だけど、文明が進めばなくなるだろうと予測していたのに、生命を金銭価値に換えて考える傾向が先進国ではますます強くなってしまった。こうした事実を残しておきたいと思っているんです」
ーロルナ役のアルタ・ドブロシの演技は非常に自然に見えますが、細かく計算して指示されたものなのでしょうか? 順撮りは効果的ですか?

JP 「私たちは決定版のストーリーボードを現場にもってきて、"はい、スタート!"と撮影を始める映画監督ではありません。役を演じる俳優のリズムを見つけるのが大事だと考えていて、だからこそ、俳優への指示は非常に"ネガティブ"です(笑)。というのは、稽古を1か月、2か月と長い間行なうなかで、ある決まった形へと導くためではなくいろんな形を試すために、俳優に"それは違う""それでもない"と言いつづけるんです。するとある瞬間から、俳優は自分が辿るべき道を見つけていくんですよ。たとえば、ストーリーの序盤で、ロルナが仕事先からアパートに戻ってきて、ジャケットをフックにかけ、バッグを開いて財布を取り出し、クローディの前を通ってベッドルームに行くという一見シンプルな動作がありますが、あの動きも丸1日かけて俳優との共同作業のなかで見つけたもの。観客に財布が見えなければダメだけど、カメラに差し出しているように見えてはいけない、とか、一連の動作が習慣に見えるように自然でなければならない、とか、多くの課題をクリアして辿りついたものです。ですから、俳優が劇中の登場人物としての経験を積みながら、話を先へと進めていける順撮りは、ストーリーの語り口をよりリアルに、より豊かにできるという点で、多大な効果があると信じています」
ーカメラと被写体との距離が近く、ほとんど音楽も流れないことが、おふたりのストイックな作風を象徴する大きな要素でしたが、今回は35mmカメラで撮影し、エンディングでは音楽が流れます。

L 「新たな試みですね。カメラはスーパー16mmでも良かったけど、今までのように登場人物のエネルギーの中にいるのではなく、登場人物を観察するような落ち着いた映像が撮りたかったし、人工的な照明なしで夜のシーンが撮れるのは35mmフィルムだけだったので、必然的に35mmカメラを使いました。エンディングに音楽を入れたのは、ロルナを孤独のなかにひとりで残したくなかったし、突然エンディングが訪れても、ロルナと観客との間に何らかのつながりを保ちたかったからです。次回作ではまた何か新しいものにトライすると思いますよ」
ー怒りと絶望と、仕事が欲しいという強い決意を抱えた少女を描いた「ロゼッタ」を初めて見た時は、説明的なセリフや映像がバッサリ削ぎ落とされた作風を不親切だと感じて、おふたりを"おもてなしの心"が乏しい映画作家だと決めつけてしまったのですが、以降は作風が少しずつオープンになってきているように思います。また、よく考えてみると、作品の題材やタッチが厳しいものであっても、常に物語のラストには希望が描かれていたので、実はおふたりは最初から観客へのサービス精神にあふれていたのかも?とも思えるのですが、本当のところは?
JP 「前はヘビーメタルだったのに、いまはフランク・シナトラみたいな懐メロ歌手っぽいということでしょうか? そんなことはない? どうもありがとう(笑)! おっしゃることは、全部当たっているかもしれません。神秘的なロルナの沈黙は、たとえば、粗野で扱いにくいロゼッタの沈黙に比べれば、観客を迎え入れるホスピタリティをもっていると思います。作品が心地よいかどうかは、観客が登場人物に寄り添えるかどうかの主観にかかっているんじゃないでしょうか。だからこそ私たちは、難しいことだけど、登場人物の冒険のなかに観客が入っていけるスペースをつくっておくことを、いつも心がけています。それでも、何人かの観客にとっては、そこが居心地の悪い場所かもしれないと認めなければいけないですが(笑)」
兄のジャン=ピエールは'51年、弟のリュックは'54年にベルギーのリエージュ近郊で生まれる。舞台演出家をめざしていたジャン=ピエールが高校卒業後にブリュッセルに移ったのをきっかけに、兄弟でアルマン・ガッティの映画製作現場に参加。'75年に制作会社を設立し、'78年からさまざまな題材のドキュメンタリーを撮影した後、'86年、初の長編劇映画「ファルシュ」を発表。以降「イゴールの約束」('96)が芸術映画評論連盟賞、普通の生活をするために厳しい社会に一人で挑む少女を描いた「ロゼッタ」('99)がパルムドールほか、「息子のまなざし」('02)が主演男優賞ほか、「ある子供」('05)がパルムドールに輝くなど、カンヌ国際映画祭の常連となっている
2009年1月31日公開 ビターズエンド配給
ベルギーの小さなアパートで麻薬中毒の青年クローディ(ジェレミー・レニエ)と暮らすロルナ(アルタ・ドブロシ)は、ベルギー国籍を手に入れるために、ブローカーの手引きで彼と偽装結婚したアルバニア人女性。ブローカーの計画では、次は彼女が国籍を売る側となってロシア人男性と再婚することになっており、金を必要とするロルナ自身も計画に同意している。だがロルナは、自分を正真正銘の未亡人にするために、近いうちに殺されるクローディを、徐々に愛おしく感じはじめていた。過酷な生活のなかで愛に目覚める女性の姿を描いたドラマ。2008年カンヌ国際映画祭最優秀脚本賞受賞作品