
ここ数年韓国映画に押されてあまり元気の感じられなかった香港映画界から、待望の新しい才能が現れた。香港四天王の一人、アーロン・クォックを主演に迎えた、ロイ・チョウ監督堂々のデビュー作「殺人犯」は、かなりコワいオチが待っているよく出来たサスペンス・スリラー。本作を引っさげて来日した監督に話を聞いた。
―本作が長編映画初監督ということですが、まずこの作品を監督することになった経緯を教えてください。

ロイ・チョウ監督(以下、ロイ)「今振り返ってみればすべてが縁だったなと思います。僕が映画の仕事を通して何を描きたいのかというと、それは人間性というものです。人間の深層、それが自分が一生追いかけたいテーマです。同時に、インパクトのある切り口がないとそういうテーマを描くのは難しい。5年くらい前僕は香港で、ある記事を読んだんです。香港にも"大人にならない"子供がいる、成長しない子どもがいると。それを読んだときに、これが実話であり、もしこの人が悪人であればどういうふうになるんだろうか、周りの人はどのように巻き込まれてしまうのだろうかと思いました。そこから展開していきたいと思ったのがこの作品のきっかけです。その後脚本を書き上げ出資者も見つかって、すべて順調に製作できるようになったんですが、考えてみると、いろんな人に恵まれて素晴らしいスタッフにもめぐり合えたから製作できたんだと思いますね」
―出資者を見つけるのは、(成長障害という)題材が題材だけに難しかったと思うのですが。
ロイ「確かにテーマがテーマですから、大きな市場が期待できるような作品ではなかったんです。大きなマーケットを期待するのであれば、たとえばポリス・ストーリーとかそういったものに出資した方が見通しが立つわけですが、僕のこの作品はある意味で冒険みたいなところがあって、誰もがこれに出資するのはリスクを伴うものだと感じたと思います。しかも僕は新人で、僕の経験も実力も誰も知らなかったわけです。でも僕は自分にいつも言い聞かせていることがあるんですが、常にチャレンジしていこうと。チャレンジ精神ですね。それとせっかく新人なんだから、テーマにしろ演出にしろ何か斬新なものをもたらすことが一番大事だろうと。そういう部分を強調して出資者にアプローチして、やっとスポンサーが決まったわけです。結果的には相当異色の作品でありながら評価をいただきましたし、収益の面でもうまく行った。やっぱりチャレンジしないといけないと思いますし、やったことには非常に誇りを持っています」

―「殺人犯」というタイトルとエンディングが、大きい市場である中国本土で差し替えを要求されたことについては。
ロイ「本土と香港の一番大きい違いは、香港では映画に年齢制限を設けているところですね。テーマによっては何歳までダメとか、そういう(レーティング)制度があるんですが、中国本土にはまだないんです。そこが一番のネック。出資してくれた人からは、中国のマーケットを大事にしたいという要望がやっぱりあったんで、彼らの立場に立つことも大事だと思いました。それにこのままもし手直しせずに中国にもっていったら、どの家庭の子供でもこういった血まみれシーンとか暴力シーンとかが目に入ってしまう。これには製作者として重い責任を感じます。(レーティング)制度がない中国の環境ではどういうふうに工夫を加えれば見てもらえるのか、それは僕なりに考えないといけないと思いました。通ごく公開作品は別のバージョンになってしまいましたが、僕はそれほど違和感を感じてはいないです。ただ欲を言えば、中国にも香港のような制度が出来れば作り直す必要もなくなるのではないかと期待していますが」
―ところで、主役にアーロン・クォックを起用した最大の理由は何ですか。

ロイ「まず脚本を書き上げた段階で、当然ながら書きながらどの役者がいいのかイメージしながら書いたんですが、その段階でアーロンはすでに候補になっていました。一番思っていたのは、主役のキャラクターのメンタル面の幅広い変化、性格の変化を演じてもらうには、ある種の重みを感じさせてくれる役者がいい、これが前提で。そこで最近の出演作品を見てみたら、彼は本当に自分の演技を磨いていっていると感じました。元々彼はポップ・アイドルですが、今はアイドルから脱皮していろんな役にチャレンジしている。今回のこの刑事役は、おそらくアーロンにとってもチャレンジできる役ではないかと。今まで彼はこのような役をやったことがないので、彼自身にとっても魅力あるキャラクターではないかと確信したんです。オファーをしたらその日の夜にはもう返事をくれました、やりましょうと」

―彼にとってもチャレンジングな役だったんですね。話は変わりますが、私は本作に、サスペンス・スリラーとしてのハリウッド・テイストを感じました。今までの香港映画にはなかったような。監督自身はどういう作品を見てこられたんですか。
ロイ「どんなジャンルでも見ます。もちろんホラーやサスペンスは自分の守備範囲のひとつだと思いますし、ホラーではスタンリー・キューブリックの『シャイニング』とか。マーティン・スコセッシ、ロマン・ポランスキー、アッバス・キアロスタミとか好きな監督もいっぱいいます。日本では黒澤明さん、小津安二郎さん、中国ではアン・リー。どの作品から影響を受けているかといえばほとんどの作品からですね。そして、ホラーやサスペンスにこだわっているかといえばそうじゃない。たまたま1作目がこういうジャンルでしたが、機会があればどんなジャンルにでもトライしてみたい。でも貫いていきたいものは"人間性"で、それを一生のメインテーマとして追いかけていきたいんです。さっきポランスキーの名を出しましたが、人は血まみれや暴力だけに怖さを感じるわけではない。ポランスキー映画には彼独特の怖さ、本当の恐怖というのがありますよね。全体のムードが怖いのであり、観客がムードから恐怖を感じ取るのは大事。そしてポランスキー自身の人生にいろいろな体験があったから、それがああいう恐怖感をもたらせたんじゃないかと思いますね」
―監督はまだお若いですから、これからいろんな人生体験をして、味わい深い作品を作っていけるよう期待しています。
ロイ「はい。怖いものばかりじゃないですけどね。今いくつかのプロジェクトが同時進行しています。この作品を超えられるような作品にしたいと思っています」
1978年香港生まれ。香港演芸学院演出科を首席で卒業し、'02年から、世界的プロデューサーのビル・コンの下で企画開発ディレクターや、アン・リー監督の下でアシスタントを務める。「HERO」('02)「SPIRIT スピリット」('06)「ラスト、コーション」('07)などの現場に関わる。
6月5日公開予定
連続殺人事件を追うクォン警部は、通報を受けて行った現場で何者かに襲われ気絶。同行した相棒の刑事が血まみれの瀕死で発見される。現場での記憶がないクォンは、記憶を取り戻し犯人を捕らえようと事件を追うが、犯人は自分ではないかという証拠が次々に見つかり、混乱していく。