第10回東京フィルメックスのクロージング作品でティーチイン
最新作「渇き」をパク・チャヌク監督がみずから解説

輸血によってバンパイアに変貌してしまった謹厳実直な神父。謎めいた人妻とめぐり合って血と官能の渇きから解放され、めくるめく背徳に堕ちて行く・・・。「オールド・ボーイ」など復讐3部作をつくり上げたパク・チャヌク監督。最新作「渇き」が第10回フィルメックスのクロージング作品として上映され、監督自らティーチインに参加した。

神父が奈落の道に堕ちてしまったら?と考えた

―主役のソン・ガンホのキャスティングについてお聞かせ下さい。

パク・チャヌク監督(以下監督)「私がこの映画のストーリーを最初に構想したのは『JSA』の撮影中でした。その時はまだ頭の中に構想があるだけで、実際に文章にしていない段階だったのですが、真っ先にこの映画の話を聞かせた相手がソン・ガンホさんでした。それから10年経って、ようやく映画を撮れるようになったのですが、もう10年前から自然とこの映画には彼が出演するというのが決まっていたような状況でしたね。どちらから出てくださいとか、出ますという提案をしたわけではないですが、恐らくそうなるだろうなというのは最初から思っていました。ただ最初この映画の構想を彼に話した時に言われたのが「あまり面白そうじゃないですね」と。周りの人達も「実はソン・ガンホ主演でバンパイア映画を撮ろうと思っているんだ」と話した際には、バンパイア映画に出てくる主人公は彫刻のような美男子が多いということで反対されたんです。なので今考えると何故彼をキャスティングしたのか自分でもわからないです(笑)。私と彼は飲み友達で、もし彼ではなく他の俳優と仕事をしていたら撮影終わりにわざわざ彼の所へ行って飲まなくてなりません。ですのでたぶん、撮影をしていれば終わったらすぐに飲めるという考えで彼をキャスティングしたのかなと思います(笑)」

―バンパイア映画に興味はあったのですか? そうだとしたら好きな作品は何ですか?

監督「実は特にバンパイア映画が好きというのはなかったんです。ホラー映画は好きではありますが、もともと小心者なのであまり観ないほうでした。『渇き』はもともとバンパイア映画として撮るつもりはなかったんです。最初は神父を主人公にした映画を撮ろうという所から始まりました。ある神父に対して周りから強い誘惑があり、彼が奈落の道に入ってしまうような機会を与えられてしまったらどうだろうか、ということを考えたのです。 神父はミサの際に、イエスの血を象徴すると言われている葡萄酒を飲みます。その神父が葡萄酒ではなく、本物の血を飲んだらどうだろうかと思いました。イエスの血を飲むのは人類を救済するという意味ですが、その神父はただひたすら生存するために血を飲むわけです。自らその状態になろうと望んだわけではないけれどなってしまったとしたら、その苦痛は計り知れない、そんな考えに至るようになりました。そして見渡してみると、神父がバンパイアになる映画というのはほとんどなかったので、なぜないんだろうと考えました。そのような考えが積み重なり、この映画の発端になったんです。また、私が好きなバンパイア映画は、ジョージ・A・ロメロ監督の『マーティン/呪われた吸血少年』('77年)です。アメリカでのインタビューでこの事を話したら、たまたま昨日ジョージ・A・ロメロ監督の全作品のプロデューサーをやっていた方から手紙が届きまして、「『渇き』は非常に素晴らしい作品です」と書かれていて、とても感激しました。」

―監督が考える、韓国における神父様、キリスト教的価値観について教えてください。

監督「幼少期にカトリック教会に通っており、宗教をもつことが当たり前の家庭で育ちました。だから私にとって宗教はとても自然なことだったのですが、高校生の時に知人の神父に「君はとても良い宗教家になる素質がある」と言われて、結婚願望があった私はその環境から遠ざかることを選びました。ただ、今回の話のベースにあるものはすべて私が教会に通っていたことからインスピレーションを受けているものと言えます」

韓国での報道は"衝撃的なシーン"だけが一人歩き

―今回は残酷なシーンも多々ありましたが、コミカルな要素がバランスよく盛り込まれていたと思います。その点はどのように演出されたのですか。

監督「コミカルな描写は現場で考えたものや思い付きではなくて、最初にそういった要素を入れるべきかどうかとても悩んだんです。ひとえに観客に笑ってほしいという笑いではなく、そういったシーンの前後には必ず悲しかったり、はかない描写があるはずです。笑った後少し冷静になって、「笑ったこと」を後悔させるというのが私の狙いなのです」

―最後にレイプのシーンがありますが、血を飲むのではなくレイプするというのがすごく衝撃的だったのですが。どのような思いであのシーンを入れたのですか?

監督「あのシーンは実際にはレイプはしていないんです。その演技をしていたという設定になっています。なぜあの神父がそんな行動に及んだかというと、あそこにいる人たちは神父の事を聖者だと思っていて、奇跡を起こしている人というような位置付けで崇拝していました。ところがそれは間違った信仰であるということを神父は教えようとしたのです。現実には自分は聖者ではないということを見せるために、敢えてレイプしているようなふりをしていたんです。だからああいった行動に及んで皆の前に体をさらけ出して、聖職者として自分に出来る最大限の道徳を施したと描きました。彼は最大限に自分を堕落させる事で真実を皆に知ってもらおうと思ったのです。それが彼に出来る最も崇高な行動だったと思います。自分を聖者と崇めていた人々からレイプ犯として見られることは辛かったはずだが、それでも敢えてレイプという行為に及んだ、聖職者としての崇高な精神が見られると思います。私はあのシーンではそういうことを描写したかったので、ソン・ガンホさんだけに性器を見せてもらう状況になってしまいましたが、シーンがシーンだけに当然と思って撮ったんです。ところが驚いたことに韓国でのマスコミ試写の際に、その部分だけ衝撃的な事件のように報道されてしまったのです(笑)。試写会の時あのシーンになると、記者の方たちがノートパソコンを取り出して"現在ソン・ガンホが性器を出した驚愕シーンが流れています"とその場で記事を送っていたことがありましたよ」

―主人公の2人、サンヒョンとテジュの愛情は最後には通じ合ったのでしょうか。

監督「今回の神父とテジュの関係というのは、ひとつのフィルム・ノワールだといえます。テジュはファムファタールとしての機能をしっかりもっているからです。良く出来ている映画には共通点があると思います。主人公を本当に心から愛したのか、あるいは利用するために愛するふりをしていたのか、観客にそういった疑問をもたせて、その疑問に答えないままにすると、フィルム・ノワールとして素晴らしい作品になると思うんです。だから私もそんな意味で、最終的にはどうなったのかを曖昧にした状態で終わらせようと思っていたんです。ところが撮って行く中で最後のほうに、やはり彼女は本当に彼のことを愛していたのではないかというような思いに駆られてしまって、それをちょっと出したいという誘惑に服従してしまいました。彼女が彼に愛情をもっていたと思わせるシーンはトランクの中に隠れるシーンで、あそこで愛情を証明していたのではないかと思います。彼女はトランクの中に隠れようとするのですが、決して1人では隠れようとはせず必死に彼も入れようとしていました。あそこに彼女の愛が現れていたと思っています」

プロフィール

パク・チャヌク監督

韓国堤川市出身。'92年「月は...太陽が見る夢」で監督デビュー。「JSA」('00)のヒットでメジャー監督になり、以後「復讐者に憐れみを」('02)「オールド・ボーイ」('03)「親切なクムジャさん」('05)の"復讐三部作"の暴力描写が話題になった。

「渇き」

2月6日公開予定 ファントム・フィルム配給
信徒から慕われているまじめな神父サンヒョンは、アフリカで流行っているナゾの伝染病の人体実験を志願し、輸血された血液によってバンパイアに変身してしまう。神父でありながら血を欲してしまう彼は、夫と姑に虐げられる美しい人妻と出会い、彼女とのめくるめく情事に血と快楽の罪を重ねていく。

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