
静かな田舎町で起こった女子高生殺人事件の容疑者として、愛する息子が逮捕される。息子は殺人犯じゃない! 無実を信じて真相を一人で追う母の愛はどんどん暴走していく。米国アカデミー賞の今年度韓国代表作品である「母なる証明」の日本公開にともない、ポン・ジュノ監督と主演のウォンビンが来日。早速話を聞いた。

―今年のカンヌ国際映画祭で非常に高い評価を得たということについて、感想を。
ポン・ジュノ監督(以下ジュノ監督) 「まず、カンヌというのは表向きには華やかな祝祭というイメージがあると思うんですが、私にとってはまるで火が燃えている生き地獄のような感じがしたんです。なぜかと言うと、新しい作品を世界で最も気難しいであろう評論家の方、観客の方に見せるという点では本当にそんな気持ちだった。だから映画をかけて頂けるというのはうれしい事なのですが、同時に緊張もしていました。いろんな国の媒体の方とかが来てくださって、幸い各国のいろんなマスコミから良い評価を頂けて、安堵のため息をつきました。それもみんなウォンビンさんをはじめ、出演した俳優さんの力だと思います。俳優さんの演技に対する評価がとても高かったので」
ウォンビン 「自分にとっては久々の作品だったんですが、今回こんないい作品に出演できて、カンヌのような機会があったというのは本当によかったと思います。(カンヌの)舞台にも上がれましたし、上映が終わった後には本当に多くの方が心からの拍手を送ってくださったんです。それを見た時に、本当に満ち足りた気持ちになりましたし、とっても気分がよかったです」
―本当におめでとうございます。
ジュノ監督(日本語で)「アリガトウゴジャイマス」
―キャスティングの話なんですが、そもそも、この役にウォンビンさんをキャスティングした最大の理由を1つ教えていただきたい。ウォンビンさんには、オファーを受けた時の、最初に脚本を読んだ時の印象を。それから自分の役柄をどう捉えて、どういう風に役作りをしようと思ったか、という事をお伺いしたいです。
ジュノ監督「まず今回の映画というのは、母親がどこまで息子のために暴走できるかという部分が核心的な部分でしたので、じゃあどういう息子だったら母親はあそこまでのめり込めるんだろうかと逆に考えてみたんですね。どういう息子だったら1分1秒たりとも目を離せない、何とかしなきゃっていうふうに思わせるか、母親の息子に対するこだわりというのが、ヒステリーの状況まで達してしまいますよね。そういう息子は恐らく純粋で、そしてどこか不安な要素がある存在ではないかと思ったんです。そこのところを上手く演じられるのはやっぱりウォンビンさんしかいないなと思ってました。実は以前、テレビとか映画で見るウォンビンさんではなくて、ホントにありのままの1人の人間としてのウォンビンさんに会う機会があったんです。その時に見た(彼に対する)自分の印象としては、田舎で生まれて育ったすごく自然な姿がありましたし、地方都市、まあ農村で育った経緯がすごく見て取れたので、きっと演技をしていただく時にもそういった事が役に立つだろうと思いました。つまり、自然な姿ですよね。ただもちろん、自然な姿とはいっても演技でそれを見せるわけですけれども、彼になら出来ると思いました。だから初めて会った時には、もう100%ウォンビンさんで確信してたんですけれども、後はシナリオを読んで頂いてOKをしてくれるのをずっと待っていました」
ウォンビン「まずシナリオを読んで、全体的にとにかく面白いと思ったんです。とても大きな魅力を感じました。トジュンという人物そのものにも魅力を感じましたし、あとトジュンは母親を動かす導火線のような、この映画には必要ななくてはならない人物ですよね。自分でやった事のないような人物ってこともありまして、ぜひ一度やってみたいという気持ちになったので、ためらう事なく出演を決める事ができました。それ以外に、やはり監督と(母親役の)キム・ヘジャ先生がいてくださったというのもとても大きな力になりました」

―すごく印象的だったのが目の描写だったんです。留置所でトジュンと母親が向き合う場面で、トジュンが過去を思い出す時に半分目を隠して告白するシーンがありますが、目を隠した意味、そこに込められた意図っていうのは何だったのかを監督にお伺いしたいのと、そのシーンをウォンビンさんはどのような気持ちで演じられたのかをお伺いしたい。
ジュノ監督 「そうですね、おっしゃるとおりこの映画ではクローズアップが非常に多かったと思うんですよ。正面からであろうが、側面からであろうが、そういうふうに撮りたいという意図がはっきりとありました。特にウォンビンさんを撮る時に正面から側面からといった映像が多かったと思うんです。重要な話をしている時とか、意味深長なことをしゃべっている時に側面から撮っていることが多いんですよ。ある時はちょっと顔を背けたり、うつむいたりっていう動作もありましたが、特にウォンビンさんの側面にはこだわりました。なぜかと言うと、側面というのは片側しか見えないですから、片側は隠されているわけですよね。トジュンには何かわからない、知り得ない秘密が隠されているのではないかというのを示したくて、そういう撮り方をしたんです。おっしゃった過去というのは5歳の時の話ですよね。ちょっとおぞましいというか、ぞっとしてしまう話なんですが、顔は正面を向いているのですが、手で半分顔を、目を隠しているので、言ってみればそれって側面の写真のような意味があるわけです。やがて手を離すとちょっと傷があるっていう...映像に自分は心がひかれたんです。だからあのせりふを言う時にはそんな撮り方をしようと。実はこれはコンテを描いている時に思いついたものでした。個人的にはあそこのウォンビンさんの目がとても好きなんです。片方だけ見えてるんですが、あの目はやっぱりウォンビンさんでないと出来なかったと思うんですよ。何の表情もないようなんだけど、ちょっとゾクっとするようなところがあった。まるで魚の目を見た時のような気持ちになるんです。魚の目って何でもないように見えるんだけど、でもやっぱり怖いなと思える時がありますよね。ああいう気持ちがして、とても素敵な目を撮れたと思います」

ウォンビン 「もちろん、動作として片方の目を隠してくださいという監督からの注文があってそうしたんです。なぜこうするのかなと思っていたんですが、今の監督の話を聞いたら、ああそういう意味もあったんだなと改めて思いました。あのシーンではたぶんトジュンはたくさんの事を考えていたわけではないと思うんです。トジュンというのは何かを計画して話したりとか、母親に隠してた事を言おうと思って話したりする人物ではないと思うんですよ。ホントにこう、自然に思いついたままに話す人だと思うんです。目の傷に関しては少し意味があると思った。目の傷は、わかりえない、知り得ない心の中の何かの傷(のメタファー)かもしれないなとは自分でも考えながら演じていたんですけど、告白は心の中からフッと湧き出てきたものをそのまま口にしただけだと思いますね。全然計画性もないですし、思い出したままに自然に話をしてるという捉え方で演じました」

―監督にお伺いしたいのですが、最初にこの母親の映画をつくろうと思った核になる何か、思い描いたきっかけがありましたら教えてください。
ジュノ監督 「まず出発点はキム・ヘジャさんだったんです。キム・ヘジャさんという女優さんと一緒に仕事がしたいって気持ちがまずあって、じゃあキム・ヘジャさんはどういう存在かというと、韓国では母親の象徴のような方なんです。だから、キム・ヘジャさんと映画をつくるって事になったら、やはり自然と母親がテーマになってきました。それは前の作品の反動もあると思うんです。以前の「グエムル 漢江の怪物」「殺人の追憶」の中には母親が出てこないんですよ。「グエムル〜」の場合にはソン・ガンホさんとピョン・ヒボンさんという2人の父親の世代の物語になっているので、意図的に母親は排除したところがある。母親も描けたんですけれども後にしようと思っていたところがありましたから、今回そういった事が一気に爆発して、やるしかないぞという気持ちになりました。「殺人の追憶」は男の物語ですよね。主人公は男性で、犠牲者となって死んでゆくのは女性ですけれども、失敗してしまった男のストーリーです。だからどこにも女性の姿ってきちんと描いていなかったので、今回はぜひ女性、あるいは母親を描きたいなという、そういうただならぬ思いがありました」
―あの(母親が踊る)オープニングを選んだ理由を教えてください。
ジュノ監督「まず、映画のオープニングというのは監督と観客の間で交わされる約束だと思うんです。映画の第一印象でもありますし、そういう事を考えると今回の、急に女性が出てきていきなり踊り出すのは、観客はきっとおかしいと思うと思うんですよ。だから、この映画はちょっとおかしい映画になるんですよ、という事をちょっと言っているんですね。いきなりですから、映画の方向もどっちに転んでいくか分からないあの状況で、踊っているというのはちょっと頭がおかしいと言うか、ちょっと常軌を逸してるところがありますよね。彼女がそう見えるなら映画もそうなっていくかもしれませんよ、常軌を逸していくかもしれませんよ、と言っているんです。韓国では昼間に野外で踊っているという事自体ちょっと狂気とみなされてしまう所があります。踊っているキム・ヘジャさんの表情もちょっと狂気に満ちているような、どこか壊れているようなところがある。観客にそれを出し抜けに宣戦布告のような感じで出して、こういう映画になると思いますよというのをちょっと突飛な形で出したかったんです」
―ウォンビンさんは先ほど、トジュンは母を動かす導火線だとおっしゃっていましたが、最初に脚本を読まれてイメージしたものと、演じていく上で新たに変わった点などがありましたら教えてください。

ウォンビン「確かに変わったところがあります。それはちょっとゾっとするところだと(監督が)おっしゃっていたのですが。映画全体を見た時に、最初のシナリオではこの人物は面白い、いとおしい、愛らしいな、と思っていたんです。ちょっと間抜けな所もあったり、突拍子もない所があったりするんだけど、非常に情も感じるし、何かこう勇気付けてあげたいような、そんな人物だなと思っていたんですね。ところが完成した作品を見た人たちの意見では、『いやぁ、トジュンってちょっとゾッとするところが、おぞましいところがある人物じゃないか』って言うんですよ。僕としては愛らしい存在ではあるんですけれども、見た方はそういう見方をされてますね。とはいえ、トジュンの純粋さがうわべだけに見えたら観客にそっぽを向かれてしまう。うわべだけではない純粋さを表現するにはどうしたらいいか、そこが難しいところでした」
―最後に、日本の観客にメッセージをください。
ジュノ監督「この作品は母親をテーマにした作品です。母親はどこの世界にもいる。だから日本の方にも興味を持って見ていただけると思います。世界中でハリウッド映画を見ている現在ですが、アメリカ以外の国の人が互いの国の映画を見て、文化を知ってもらえればいいと思います」
ウォンビン「久しぶりの出演と来日で緊張しましたが、胸がときめきます。気分がいいのは、このお2人(ポン・ジュノとキム・ヘジャ)と一緒に仕事ができたこと。多くの方の記憶に残るような作品になってほしいですね」
1969年韓国生まれ。韓国映画アカデミー第11期卒業。'00年「ほえる犬は噛まない」で長編監督デビュー。ほかに'03年「殺人の追憶」、'06年「グエムル 漢江の怪物」、'08年「TOKYO !」の中の1編「シェイキング東京」など
1977年韓国、江原道生まれ。モデルを経て'97年TVドラマ「プロポーズ 私たちの話」でデビュー。「レディ・ゴー!」('98)「クァンキ」('99)などの後'00年「秋の童話 オータム・イン・マイ・ハート」により日本でもブレイク、'02年には日韓合作のTVドラマ「friends フレンズ」で深田恭子と共演。ほかに映画「ガン&トークス」('03)「ブラザーフッド」('04)「マイ・ブラザー」('05)など
公開中 ビターズ・エンド配給
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