「岸辺の旅」黒沢清
2016年5月9日

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生者と死者、お互いに言えなかったことを伝える夫婦の旅路。本作で、生と死が密接につながっている世界を描いた黒沢清監督に、監督自身の死に対する考えを聞いた。


「岸辺の旅」
4月20日(水)発売・レンタル
BD●5700円(特典DVD付き)
DVD●4700円(特典DVD付き)

監督・脚本/黒沢清
原作/湯本香樹実
脚本/宇治田隆史 
出演/深津絵里 浅野忠信 小松政夫 村岡希美 奥貫薫 赤堀雅秋 千葉哲也 蒼井優 首藤康之 柄本明

3年間失踪していた夫が突然帰ってきた。彼は妻に「自分は死んでいる」のだと告げる。2人は、夫が3年間過ごした時間を追体験する旅に出る。お互いに言えなかったことを伝える旅路に。 

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純粋に夫婦という2人の関係を追求してみたかった

――第68回カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門での監督賞など、たくさん受賞されている作品ですが、カンヌでは評価された理由を聞きましたか?

黒沢清(以下黒沢)「そもそも監督賞というのは評価の基準がはっきりしません。監督が何をしてたのか誰も現場を見てないですよね、とか思いつつ(笑)、長年にわたって飽きもせずいろいろ撮って来たこれまでの作品の中で、経歴のひとつのターニングポイント、キャリアを総合した作品と見てくれたのかなと思いました」

――観客の反応はどうでしたか?

黒沢「素晴らしかったですよ。カンヌは何度か経験したのでわかるんですが、上映が終わるとスタンディングオベーション、これは必ずやるんです。鳴り止まぬ拍手とかいうけど絶対にやるので、それは義理なんですね。ただそれが終わって深津さん、浅野さんたちとゾロゾロ出口から出たら、そこでお客さんたちが数百人待ってたんですよ。ふつうそういうことはないんですけど、出たらもう1回ワーッて拍手してくれて。本当に気に入ってくれて、僕たちに良かったですよと合図を送りたかったんだなと素直に伝わってきて、感激しました。素直に嬉しかったですね」

――出待ちしてくれて。お客さんたちの感想は耳に入ってきましたか?

黒沢「国籍とか文化を越えて、夫婦の在り方が純化していくところを気に入ってくれたようです。世俗的な関係からどんどん遠ざかっていく2人が、この先いったいどうなっていくんだろうと、固唾を飲んで見つめていた人もいらっしゃったようです」

――原作を読まれた時に、映画化を決めたポイントは?

黒沢「夫婦の話というとどうしても日常的な、下世話な展開のドラマがほとんどですよね、普通。それかよほど突飛な事件に巻き込まれるか」

――そこで愛が試される的な。

黒沢「はい、そう言うのが多いんですが、本作は事件としては何も突飛なことは起こらないにも関わらず、夫婦の日常から隔絶した純粋な2人の関係だけが追求されていて、実にユニークで魅力でしたね」

――夫婦の関係を追求するということをやってみたいと。今までやっていなかったなと思われた?

黒沢「ええ。夫婦が出てくる映画は何本か撮りましたが、たいてい別の殺人鬼がいたりして(笑)。ここまで夫婦だけというのは初めてでした。しかし単に夫婦愛の映画がやりたいというのとも違っていて、僕が興味をひかれるのは、大人どうしの疑念と信頼のドラマなんです。夫婦とは大人の2人の関係のごくありふれた最小単位ですよね。そこがいいんです。例えば刑事と犯人とかたまたま乗り合わせた運転手と客とか、全然別の2人の関係も想定しうるんですが、最もポピュラーですごくありふれていて一般性がある、男女である、夫婦って単純だけど奥が深い、とても普遍的な題材なのではないでしょうか」

――本作は、生者と死者が混じって普通に存在していて、死者なのに他人からも見えて会話できてという、ちょっとシュールな世界ですよね。影を薄くするとか加工して死者を表現することもできたかもしれないですが、あえて実在としたのはなぜですか?

黒沢「最初からそうしようと決めてました。これまでホラー映画で、普通に生きている俳優に特殊な衣装を着せたり加工したりしなくても、それが幽霊であるという表現は十分可能だということを何度も経験してきましたので、幽霊表現はそれでいいと確信してました。ただこれまでは〝怖い〟というテーマがあったので、そこから〝怖い〟を抜いたらどうなるのかなというのは初めてでしたね。さすがに全くオリジナルでこれをやろうという勇気はなかったかもしれませんが、原作がそうなんだからしかたがない。だからためらうことなく、余計な幽霊の効果は何も必要ないと」

――とはいえ、原作にないシーンを脚本に入れたシークエンスはありますか?

黒沢「後半で妻の瑞希がひとり東京に戻るシーンは原作にはないです。ただし、愛人と会うというのは原作では回想として出て来るんですね。でもこのエピソードを回想形式にはしたくなかった。物語を必ず前に進めていきたかったので、愛人と会うのも現在形で、夫の優介とけんかして東京に戻るという形にしました。それに、東京に戻った自宅では植物は枯れホコリは溜まり、現実に時間が流れています。つまり、ともすると夢のような、現実とは思えない旅に見えるかもしれないですが、いやいやちゃんと時間が過ぎているんですよという表現にもなっているんですが、これらは僕がオリジナルで付け加えた部分です」

――そうですよね。原作を知らずに観ている人は「夢?」と思っていたかもしれないですもんね。

黒沢「まるで夢のような時間が流れますが、2人の身に現実に起こっているんだということは明快にしておきたかったんです」

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死んでしまったら全てが終わり、じゃない。何かは残る気がする

――最初の、小松政夫さん演じる島影さんのエピソードでは、彼が成仏するといきなり家が廃墟になって花もグレーになって散るという表現がありましたが、その後はそういう表現はないのですね。

黒沢「最初のエピソードだけは、観客にも深津さん演じる瑞希にも、死とはこういうことなんだよときちんと提示しておきたかったんです。ホラー映画ならああいう表現を連発するんですが本作はそうではないので、それ以降は抑えました。年齢的なものなのでしょうが、僕はいつの間にか、死というものをそんなにネガティブに考えなくなりました。周りの友達とか先輩とか亡くなった人が増えていっているので。朽ちていくものがあってもそれは表面的なことであって、死んだ人って僕の心の中ではあんまり朽ち果てないんですよ。幽霊は見たことないですが、(彼らが)ひょいとその辺に戻ってきても全然おかしくないような気がしています。その人がいた場所は朽ち果てるかもしれないけど、その人そのものは全然朽ち果てない。原作の根本にあるテーマもこれだと思っていましたし」

――亡くなった年齢の外見のまま、その辺に居ても全然怖くないし。

黒沢「そうなんですよ。もし知り合いの幽霊と出会ったら、どうしてたの?とか、相談したいことがいっぱいあるんだよとか、あれからさあ、とかいろいろ言いたくなりますよね。そっちが本当のような気がしています」

――死んだ人の魂がいてもいいな、いることがあるかもなと感じますか?

黒沢「生きている限り正解はないですが、何かが残っている気がします。死んだら全てが終わると考えた方が楽に思えるのは、それが想像力の限界だからでしょう。でも、現実は果たしてその通りにいくでしょうか。死んで何かが途絶えても別の何かは確実に残ると考えた方が、僕からすると合理的です。残るものが何かというのは分からないんですが、案外多くの部分が残ってしまうんじゃないかな」

――かといってずーっと残るわけじゃない。こちら側は、自分の中でその人の死を消化して受け入れる時間が必要ですよね。その間だけでも残っててくれたら。言えなかったことを言って…。

黒沢「これは原作の本当に大胆で聡明な発想なんですが、瑞希側に立てば、この人は死んじゃったけどいてくれたらもう少し理解できた、いてくれて有難うということですよね。で死んだ優介の側も同じなんです。死ぬ前にいろいろ言っておきたかったことがあった、そして数か月でも再会の期間があるのなら、2人はもっと理解しあえる。最後に本当は謝りたかったんだよね、と優介が言う。生と死の境を乗り越えることは、生者にとっても死者にとっても必要なことだったわけです。そういう意味で、愛し合う二人にとって生と死の区別はありません。この世界観が、原作の本当に素晴らしいところだと思います。真実である気がします。死んだ側も何かを告げささやき、伝えてからどこかに行くのかもしれないですね」

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本当は、戦場での人間ドラマを撮るのが夢

――この後「クリーピー 偽りの隣人」、「ダゲレオタイプの女」と完成されていらして、黒沢監督はすごく働き者というか。

黒沢「貧乏暇なしですか。困っちゃいますよねえ」

――この後のプロジェクトはいくつも決まっていますか?

黒沢「いえいえ、そんなには。(2016年)夏に1本日本で撮るものがあります。それぐらいで、それ以降はいくつかやりたいものはありますがどうなるかわかりません」

――やりたいものはとは? テーマが見つかったとか?

黒沢「やりたいものと現実にやれるものはイコールじゃないので(笑)。実は僕はですね、昔からやりたいものは戦争映画です」

――戦争映画!?

黒沢「そう戦争。抽象的な戦争じゃなくて戦場。戦場で人はどうなるのかっていう。アメリカ映画なんかでは結構ありますし、日本でも昔は結構あったんですが今はほとんどないです。戦争映画ってお金がかかりますしね。でも、戦争そのものを扱う、直接的に扱う映画を撮ってみたいというのが夢ですね」

――日本ではありがちなのが銃後の話ですよね。

黒沢「ええ、お金がかからなくてすみますからね。昔は結構『兵隊やくざ』とかあったんですが、今はもう簡単にはできないんですよ。太平洋戦争を扱うのもやってみたいんですが、架空の戦争でもいいし、何ならSFの宇宙戦争でもいいんです。どのみち大変ですが」

――(笑)。そこで起こる人間ドラマはすごいものがあるでしょう。

黒沢「強烈に。戦場に行ったことはないですが、それはそれは凄まじいであろうと思うので、その辺の極限状態のようなダイナミズムというかそういうものをいつの日か描いてみたいです。まあ、夢のような話ですが」

――是非拝見したいですね。すごく楽しみにしています。ところで、パッケージにはメイキングなどの特典ディスクがありますが、いかがですか。

黒沢「正直言って全然把握してなくて。実は自分のメイキングは一切見ないんです。つまり、自分が監督している姿を見るのが嫌で」

――なぜですか?

黒沢「なぜって…イヤでしょそりゃ。格好悪いに決まってますし、もうそんなの見たら二度と監督なんかしたくなくなります。『メイキング出来ましたから見てください』『観ない!任せた!』って毎回拒否しています(笑)」

■プロフィール
黒沢清(くろさわきよし)
1955年神戸市出身。自主制作映画「しがらみ学園」(’81)がぴあフィルムフェスティバルで入選し、「神田川淫乱戦争」(’83)で監督デビュー。代表作は「アカルイミライ」(’02)、「CURE」(’97)、「LOFT ロフト」(’05)など。「トウキョウソナタ」(’08)が第61回カンヌ映画祭「ある視点」部門審査委員賞受賞。最新作は「クリーピー 偽りの隣人」(6月18日公開予定)、仏語作品「ダゲレオタイプの女」(秋公開予定)

(c) 2015『岸辺の旅』制作委員会/COMME DES CINEMAS